一、焚火たきび(14)



 なんだこれは。
 さっくりとした焼き目の中にあるのはあくまでも白く滑らかな肌、内からほとばしる肉汁は真夏の処女の情熱、さくさくとした慈姑くわいの食感が俺を挑発し、蓮の実を噛みしだけばめくるめく興奮のうちに、いつしか緑深い蓮根畑れんこんばたけの熱した泥水の中に押し倒され、無我夢中で転がりまわる。俺はしばし我を忘れて江南こうなんの乙女と戯れた。うおたわむ蓮葉れんようの間、魚は戯る蓮葉の東、魚は戯る蓮葉の西、魚は戯る蓮葉の南、魚は戯る蓮葉の北――

 旨すぎる。腰を抜かしたまま呆然自失していると、俺を現実に引き戻す魔鬼あくまの声が聞こえた。
「いい話じゃねえかよ。っつーか笑える話? ひゃっひゃっひゃっ。」
「よく五百四人分も用意しましたね。」
「料理好きだからね。しかしまあ一日で三百里行軍した後に鉄鎧二枚重ね着して五丈の城壁をよじ登るほうが圧倒的に楽だったけどな。なんて酔狂なんだ俺。バカすぎる。」
「異常ですよ。」
あざな異度いどだからね。名は体を表してんだよ。」
うまいこと言いやがって。なんなんだコイツ。

 俺達が感動と興奮に包まれているさなか、絹の襌衣ひとえをしゃなりと着流した涼しげな文官が一人やってきた。
「随分と盛り上がっていますね。」
「おやこんにちは。」
隊長の知り合いらしい。
「こんにちは。ご無沙汰しております。」
「美味しいにおいに惹かれていらっしゃったんですか?」
「いえ、あなたが焚書坑儒ふんしょこうじゅを行っているという噂を聞きましてね、見にきました。」
「焚書坑儒の現場にいらっしゃるとは危険極まりないですね。穴埋めにされますよ。」
「私は儒者ではありませんよ。刀筆の吏に過ぎません。」
「ご謙遜。焚書はしていますが坑儒はしていませんのでご安心下さい。」
「派手に燃やしましたね。」
「面白いでしょ?」
「こんなに不要な文書があったんですか?」
「不要かどうかはさておき、誰も読まないだろうなと思うものはとりあえず焼いてみました。我々が作った軍令ぐんれい囲陣いじん第十六補に関する実施細則もそこで燃えてますよ。」
「えっ……。」
「書類が多すぎて埋もれていたので、たぶん二度と誰にもひもとかれることはないだろうなあと思って。」
「しかしあれがなかったら囲陣第十六補が読めないでしょうに。」
「一人一巻持ってなくちゃいけないってもんでもありませんよね。大事なことはみなさんけっこう頭に入ってますし。」



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