十、陳倉城(16)

 城攻めを開始して六日目の朝だ。隊長が呑気に料理鉢の中に粉を振り入れている。
「何を作ってるんですか?」
花生酥フアションスー。」
「お菓子ですか?」
「そ。甘いの食いたいって言ってる奴がいたから持ってってやろ。」
「そんなののんびり焼いてる時間あるんですか?」
「うん。今日俺ら休憩だ。」
「え、なんでですか? のろのろやってる間に敵の援軍が到着したらやっかいじゃないですか。」
「だから今日から丞相閣下が御自ら指揮をとって大型攻城兵器でドカドカ攻め立てるってよ。」
「なんだ。そんな準備があるなら最初っから使ってくれりゃあよかったじゃないですか。丞相、陳倉のことナメてたんですかね?」
「さあな。」
微笑みながら料理鉢の中の生地を一かけ分ずつ手に取り丸い形にこねこねしている。
「隊長、腹が立たないんですか?」
「なんで?」
「だって自分ら五日間も苦労して城の防備をいでったのに、いいところで丞相に交代ですよ? 将軍も怒ってないんですか? 面子メンツ潰されてますよね。」
「ああなるほど、将軍がブチ切れる前に俺が一っ走り丞相をぶっ飛ばして来りゃあ将軍も溜飲りゅういんを下げるかな? 憎い野郎を子分がスカっとぶちのめした後に、しれっと『お前乱暴しちゃダメじゃないか』っていい人っぽくたしなめれば将軍の手も汚れねえってわけだ。」
「いや、そこまでやれとは言ってませんけど。」
「じゃあどこまでやって欲しい?」
「えっ……。」
返答に詰まっている俺を眺めながらカラカラと笑う。恬淡てんたんとしたものだ。
「さあて上手く焼けるかな~。」
楽しげにお菓子の生地を火にかける。蜜の焦げる甘い匂いにつられて、分け前をもらいに隊員が集まって来る。
「おっと、本日のお品は全て売約済みです。」
「え~、甘いの食いた~い。」
「じゃ今度また作ってやるよ、山椒飴。」
「ゲッ、あれマズいじゃないスか。」
「そうかあ? 俺好きだぞ、あの微妙な味。」
「そりゃあ隊長は悪趣味ですからね。」
「ひゃっひゃっひゃっ。」
今日の焼き菓子は一体誰にやるんだろうと思っていたら、怪我をして休んでいる奴に持って行ってやっていた。優しい。おばあちゃんでもあるまいに。気色キショいぜ。



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