十、陳倉城(8)

「やっぱ将軍が言うみたいに一気に長安を落としたほうがいいんじゃないですかね。」
「一気に長安を落として、大急ぎで帰って麦の収穫? ギャハハハ、東奔西走。」
「このあいだみたいにモタクタやって、一定の戦果を挙げました、ハイ撤収、っていうのは嫌ですよ。」
「あんま目先のことに一喜一憂しなくていいんじゃねえ? 喧嘩の勝敗は腕力で決まるもんじゃねえからな。俺らは丞相がぶっとばせって言ってくれりゃあぶっとばすし、待機って言われりゃ待機するし、撤収って言われりゃ帰るだけだ。」
「目先のことって言ったって、その目先の戦闘で死ぬかもしれないじゃないですか。どこを目指してがんばってんのか分からないってのは酷ですよ。どれだけ戦果を挙げたって撤収すれば水の泡だ。」
「まんざら水の泡ってこともないんじゃねえの? 俺らのがんばりが先に繋がってくかどうかは丞相閣下の腕次第。へっ、諸葛の野郎、そんなに偉えのか。可哀相に。」
「なんなんですか、その他人事風の発言。」
「戦争した結果がどう未来に繋がってくかなんて武官の職掌じゃねえもん。我らが中華文明には麗しい文治主義の伝統があるじゃん? 武官が政治的意図を持って軍事力を行使するようになったら怖えと思わねえ?」
「じゃあなんですか、我々はただひたすら丞相を信じて頑張ってりゃいいってことですか?」
「そ。そういうことになってる。へっへっへ、神様でもあるまいに。お気の毒。」
「そんな言い方するってことは、隊長は丞相のこと信じてないんですか?」
「さあてね。一人の人間の力でできることはたかが知れてるよ。治世がうまくいくかどうかは一人一人の頑張りにかかってんじゃねえのかな。だから今一番力を入れなきゃいけないのは教育か。幼児教育。いや待て、ガキを育てようと思ったらまず親から教育しなきゃいけねえかな?」
「なんの話ですか?」
「政治の話。」
言いながら自分で笑いだした。
「ギャハハハ、柄でもねえ。政治の話だとよ! ギャハハハハ。」
俺けっこう真面目に質問してたんだけど煙に巻かれたみたいだ。命令一下でわけのわからない戦闘に従事させられる兵隊の気持ちって分かっているのかな。この人だって徴兵で入って来たんだから、分からないはずはないのだが。とにかく、全く話がかみ合わない。



《広告》
ページ公開日: 最終更新日: