十一、蟻地獄(1)

 丞相による陳倉攻めはなかなか壮観だった。雲梯うんてい衝車しょうしゃ井欄せいらん。見たこともないようなびっくり道具が目白押しだ。雲梯うんていに乗ったまま退却もならず火矢で焼き殺された戦友たちは生き地獄だったことだろう。衝車しょうしゃの中で石に押しつぶされた仲間たちはきっとなんで死んだか分からなかったに違いない。井欄せいらんを使って城内に入った連中は、城内に築かれている第二の城壁との間に落ち込み矢で滅多射ちにされたのではなかろうか。郝昭かくしょうめ。陳倉は街道の出口にある要衝だ。そこの守将に選ばれるような野郎は、やはりただ者ではないらしい。
 陳倉は陥ちなかった。攻めあぐねている間に、長安からの援軍が到着した。さあ丞相閣下、どうしますか? と思っていたら、あっさり陳倉を放棄して西へ転戦した。しかし陳倉を放っておけば我が軍の補給路が断たれる恐れがあるため、箕谷道きこくどうと陳倉の間に堅陣を構えるとともに、遊撃隊を往来させた。

 我が師団は西へ転戦する組じゃなく、堅陣と遊撃のほうの組になった。面倒くせえ。補給路を守るのだから大事な仕事には違いないが、絶対に華々しい活躍なんて期待できないだろう。その一方で、もし万が一失敗すれば、責任は重い。苦労ばっかり多い貧乏くじだ。
 将軍も隊長もその他の偉い人たちも、不満げな顔など露ほども見せず淡々と任務に就く。我が師団には派手なお手柄を立てたいなどというさもしい根性で動く将校はいないらしい。合理的な必要性を認めれば骨身を惜しまず働く。立派だ。誰も褒めてくれないから俺が褒める。
 丞相は将軍のことをいつも頼りにしているくせにちっとも褒めてくれないのが不思議でならない。もしや将軍の軍事面での才に嫉妬しているのではあるまいかと俺はちょびっとだけ疑っている。丞相は戦略を立てるのは上手なのかもしれないが、戦場における皮膚感覚という点においては確実に将軍より劣っていると思う。今回の陳倉攻めだって、将軍のほうから丞相に陳倉は容易には陥ちないことを報告したら、丞相が怒って将軍の任務を取り上げて、自分でいろんな道具を使って力攻めに攻め立てたわけだが、それでやっぱり結局陥ちなかったのだ。犠牲者が少ないうちに容易に陥ちないことを悟った将軍のほうが勝負勘があると思う。丞相は政治に専念して北部戦線を将軍に一任したほうがいいんじゃなかろうか。

 さて、補給路を守る任務だ。師団のうち三割ほどの部隊がうろうろと街道などをお散歩してまわり、残りが陣地の中でお留守番だ。陣地に籠もりっきりだと退屈するので、お散歩に出る部隊は順番こで回していく。
 戦いさえなければ、遠征は訓練より楽だ。ふだんのように朝から晩まで決められた日課に追われるというわけではなく、一日のうちの大半がヒマで、趣味に打ち込む時間もある。食事がよかったりおやつがでたり、ちょっとしたご褒美があったり、お楽しみが目白押しだ。こうなってくると、たるまないように士気を維持するのが難しいのではないかと思う。遊撃に出る当番の部隊は、大概刺激を求めてわざと遠くまでお散歩してきているようだ。各部隊バラバラに気ままにうろつき回るので、遊撃というよりは哨戒だ。



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