十一、蟻地獄(4)

りょう屯長が不安げに訊ねる。
「接近してきていますけど、何か準備しなくていいんですか?」
「準備って、何を? やる気、元気、勇気?」
「迎撃の布陣をするとか。」
「ジタバタするこたあねえよ。奴らがぼんくらでなけりゃあそうそう仕掛けて来ねえって。」
シカトして進んでいると、背後で敵が太鼓を打ち鳴らす音が聞こえた。隊長は嬉しげに
「やったな。奴らぼんくらだ。」
と笑った。
抜刀ばっとう!」
おや、なんの前置きもなくいきなり抜刀ですか。
「後ろからお馬ちゃんが来てるから、ズタズタにしてやれ。今日は奴らの何を斬っても殺しても構わねえぜ。」
おお~、怖え~。ふつうに縦隊で行軍してる格好のまんまだけどいいんですか、と思っていたら、地響きが体に伝わるくらい間近になってからおもむろに整列、そして隊列移動の指示が出た。これ、なんか前にやったことあるな。旗の指示通りに動く。と、騎兵隊が急には方向転換できずにすり抜けて行く。
「ギャハハハ、馬鹿かよ。なんで斬らねえの? 今日は実戦だ。斬れ斬れ斬れ! ぶった斬れ! 奴らの馬を一頭残らず涮肉しゃぶしゃぶにして食っちまえ!」
残酷~! ハイ、了解。今日は馬を狙って敵騎兵隊を粉砕します。
 斬る気満々で敵の最接近を待つ。斬るというより、ぐんだ。そして、スパッとやるというよりは、棍棒みたいに打撃を加える感じだ。馬が可哀相だけど、踏んづけられたら俺らだって死ぬんだからな。ドカドカと轟音ごうおんが近付いてくる。令旗に従って動く。砂煙と味方の往来とで騎兵の姿が見えない。と思うと忽然と目の前に現れる。はい斬るよ。えいっ。ドカドカと三、四回立て続けにぶったたく。スコンとうまく倒れる馬もいれば、痛がって暴れ回る馬もいる。危ない。暴れる馬は手に負えない。俺達も危険だが、敵の騎兵も大混乱だ。馬に馬がぶつかってメッチャクチャ。そして俺は馬を叩いた衝撃で手首と肩と腰が痛い。冷然と令旗が動き続ける。俺も状況には頓着なしにひたすら令旗の通りに動く。
 騎兵隊が再度遠ざかる。俺達の近くにはまだヒョコヒョコしている馬や起き上がろうともがいている馬がいるが、放っておく。隊長がカラカラと笑った。
「これ、前に李隊長と演習でやったのとおんなじだなあ。スゲエな俺、冴えてる~! みんな俺のこと尊敬しろよ。」
「そういうことを自分で言っちゃうと説得力ないですよ。」
「ここで俺が寡黙にキメちゃって神々しい威厳なんかを湛えちゃったら、ホントに神みたいになっちゃうじゃん? ちょっと三枚目を演じてるくらいでちょうどいいって。」
「え、演じてるんですか?」
「ううん。これ。」
「だと思った……。」



《広告》
ページ公開日: 最終更新日: