十一、蟻地獄(6)

「さて、また将軍に愛のお手紙を届けてくれる人募集。二人一組、先着二組。」
「えっ、愛のお手紙?」
「そ。俺は将軍を愛しています。将軍は俺のことどう思ってますか。って書いてある。っつうのは全くのウソ。決して信じるなよ。単純な業務連絡です。」
「なんだ。紛らわしいこと言わないで下さいよ。」
「軍中で紛らわしい冗談言ってると処罰の対象になりますよ。」
口々に非難される。構わずひゃっひゃっひゃっと笑いながら手紙をたたんでいる。
「それまた馬上で書いたんですか?」
「そ。字ィ汚ったねえな、って思われそう。どうせ誰かぶん殴って手を怪我しながら書いたんだろう、って思われそうじゃねえ?」
「日頃のたゆまぬ実践によって培われた人徳ですね。」
二組の志願者に一通ずつ書面を手渡す。さっきの二組に出したのと同じような指示に加えて、この場所からの出発の仕方を細かく指示した。
「いま敵の騎兵がこの東側にいるからな、見つからないように西側から出ろ。ちょうど下り坂になってるから、中腰で二十歩進んだら立ちあがってその先の木立まで全力疾走で行け。」
ちなみに、「歩」という距離の単位は今どきの人はあまり使わないだろうから一言説明すると、一歩の長さは六尺だ。だから、ふつうに二十歩あるくくらいの距離っていうわけじゃなく、もっと長い。

 恋文の配達要員が出発したのとほぼ同時に敵の援軍の姿が見えてきた。二百騎ほどの軽騎兵と、八百人ほどのげきの部隊だ。最初に遭遇した騎兵隊のところに集結した後、我々から五十歩くらいの地点まで進んで布陣した。代表が一騎近付いて来て
「降伏しろ!」
と言うと、隊長が特に力を入れるふうでもない低い声で
「おととい来やがれ、べらぼうめ。」
と言い返した。目の前にいる人に言うようなつぶやき声なのに不思議とよく通る。チャキチャキの鄂北弁がっぽくべんだ。こんな野次は、普通はそれ担当の兵卒が言うもんなんじゃなかろうか。なんで自分で言い返してるんだ。さっき自分で知性派だって言ってなかったっけ。
 さっそく敵の令旗が動き出し、突撃が始まる。隊長は
「ここは蟻地獄で奴らは蟻さんだぞ。」
と言った。外にめぐらせた盾を裏側から押さえる係と、その一歩内側で抜刀して待ち構える係がいる。騎兵が障壁を飛び越えて続々と入ってくるので、片っ端からぶった斬る。叫喚きょうかん地獄だ。どんどん入って来る。とっとと出て行けバッキャロー。ひたすら斬る。グチャグチャだ。盾を撤去しに来る歩兵を手当たり次第に刺殺する。乗り越えて来ようとする奴も殺す。そんなことをたっぷり二時ふたときも続けたところで、相手がやっと諦めてくれた。



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