十三、鉦(かね)の音(3)

「そう言やそちらさんにも似たような名前の方がいらっしゃったな。あの人は玉と砕ける方の韓瑛だ。俺様は英雄の英だからな。間違えんなよ。そちらの韓瑛さんに謝っといてくれよ、名前がクリソツでごめんなさいってよ。おっと、あの人はとっくにくたばっちまってたんだっけな、我らが虎威こい将軍に串刺しにされて。へっへっへ、お気の毒。」
ヤジ隊員は困惑げに馬をカポカポさせるばかりだ。
「あれ? 黙っちまったな。ここまでわざわざ出てきた度胸は買うけどよお、もうちっと口が達者でなけりゃあ役割果たせないんじゃねえの? もっと野次の練習してから出直して来いよ。」
勇者は苛立たしげに馬首を返して陣地に戻って行く。と見せかけて、振り向きざまに隊長に矢を射かけた。上手だ。狙いあやまたず隊長めがけて飛んでくる。って、危ないよ! 隊長は事もなげに飛来する矢を手で掴み取った。
「ギャハハハ、口では勝てねえ、矢も当たらねえ。どうすりゃいいんだろうねえ。」
ゲラゲラと笑う。ヤジ隊員たちは面目まる潰れで帰って行った。ショボい奴ら。一方こちらは大いに盛り上がっている。隊長がなにげに手で掴み取った矢を見ながら馬鹿どもが
「スゲー!」
と騒いでいる。隊長はなぜだか不機嫌だ。
「こんなの普通だろ。騎兵が振り向きざまに格好つけて放つ矢なんて大した威力ねえじゃん。真正面から来れば誰でも取れるよ。俺の手品なんてどれもこれも大したものじゃねんだよ。」
「でも隊長がやるとなんか神業っぽく見えますよ。」
「それは君らが俺のことを神のごとくあがめてるからなんじゃねえの。へっ、お気の毒。これに乗じてなんかインチキ宗教でも始めてやろうか。邪教を広めたら死刑になっちまうけどな。」
「そういうくだらないことに簡単に命をかけちゃうとこも好き。」
「ギャハハハ、愛の告白かよ。馬鹿かよ。」
苛立たしげに笑う。何が気に入らないんだか知らないが、隊長の精神状態が悪いのは問題だ。この現場は隊長の馬肉調理の腕と呑気な態度だけでもっているんだ。なんだか知らないが平常心でがんばってもらわなければ困る。

 午後になって、敵陣に動きが見え始めた。旗が動いたり並んだりしている。攻撃をしかける準備をしていることは明らかだ。隊長は落ち着き払って隊員を防御の配置に就かせる。りょう屯長が怨めしげに隊長に言った。
「敵を刺激しすぎたんじゃないですか? くだらない野次なんか聞き流しておけば相手も大人しく囲んでいるだけだったでしょうに。」
隊長はへらへらと笑った。
「人とケンカする時さあ、うまく相手の顔を立てながら落とし所を探すのって難しいよね。俺だめなんだよなあ。いじめてるうちに面白くなってこてんぱんにやっつけちゃう。絶対どっかで恨み買ってむごい殺され方するだろ。楽しみだ。」
嬉しそうに笑っている。頭おかしいんじゃねえか。
 梁屯長は最後の「楽しみだ」の一言も耳に入らない様子で固まっている。この人心配性なんだ。そんな相手に「むごい殺され方する」なんていう恐ろしい話をしちゃだめじゃないか。冗談のつもりかもしれないが、相手を見て言え。昨日はガキどもが集中力切らすんじゃねえかなんて心配していたが、集中力切れてんのはテメエじゃねえか。しっかりしろよ。
 隊長が崩れたらこの現場はどうなるのかと想像すると俄かに心細くなる。誰かこの兆候に気付いている者がいるだろうか。屯長たちは隊長の馬鹿さ加減に呆れているか、状況の厳しさに圧倒されていっぱいいっぱいになっているか、どちらかだ。隊員たちは隊長の始めるインチキ宗教にすぐさま入信しそうなほどうかれている。隊長があやしくなっても修正できる奴はいないんだ。俺達はなんて危ないところにいるんだろう。俺はとりあえず
「何が楽しみなんですか。頭おかしいんじゃないですか?」
とツッコミを入れておいた。



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