十三、鉦(かね)の音(4)

 敵の攻撃が始まると、隊長は水を得た魚のようだ。この上なく頼もしい。盾を押さえる係以外は全員弓だ。馬が二十歩の距離まで迫ったところでおもむろに矢をつがえ、十歩で放つ。馬が折り重なるのはわずか五歩の距離だ。そこから先は、文字通り矢継ぎ早に射つ。射って射って射ちまくる。自分史上最速なんじゃないかっていう早さで矢をつがえては放つ。たった五歩だから威力はいらない。引き絞るとか狙うとかいうことは考えず、ひたすら手早く射つ。射てば当たる。恐ろしい状況だ。倒れた人馬が防御壁までのしかかってくる。わずか三尺の場所にいる相手に矢を射ちこむ。自分の放ったものの衝撃を目の前にいる生身の人間が受ける。刀で戦うほうがまだマシだ。何も考えず矢継ぎ早に射つ。矢をつがえてる間に馬に踏みつぶされるんじゃあるまいか。ここで俄かに「抜刀」の指示が出る。即座に弓をなげうち刀を抜く。斬る。刺す。最終的には初日と同様に、蟻地獄に墜ち込んだ敵を殲滅せんめつする。こんな地獄を現出している韓英という男は本物の魔鬼あくまだと思う。

 夕方だ。天地をとよもす凱歌がいかの声。返り血に戎衣じゅういを染めた戦友たちが熱狂的に歌う。今日も部隊には二名の戦死者が出た。例によって敵兵の死骸や負傷者を五十歩の地点まで運び出す。隊長は魔鬼あくまのくせして妙に細心に、先日糞便を廃棄した場所から離れた地点に置いてやれと指示していた。
 晩飯の時間だ。楽しげに調理している。頭おかしいんじゃねえか。神経疑う。今日入手した馬肉ではなく、熟成しているほうのを食う。旨い。旨いのかどうか分からない。いや、旨いんだ。でももうこんなもの食えるかよ。隊長は呑気な顔をして楽しげに談笑している。全てが偽りの光景だ。俺はもう限界だ。俺達はもう限界だ。ここは地獄だ。

 月もずいぶん細くなってきた。いま何日なのだろうか。考えるのも億劫だ。地べたに座って刀を抜いてしげしげと眺めていると、隊長が呑気な声で
「また砥いでやろうか。」
と聞いてきた。
「いいですよ。なんでそんなことまでしてくれるんですか? ヒマ人なんですか?」
「基本ヒマ人だな。それにおまえ刀砥ぐの下手すぎ。」
「隊長みたいに念入りにごりごりやってたら刀ちっちゃくなっちゃいそうじゃないですか。」
「いいじゃん。でっかくて鈍い刀なんて、抜き刺しに体力消耗するばっかだろ。」
「どんだけいっぱい刺殺する前提ですか。」
ひゃっひゃっひゃっと笑っている。何が可笑しいんだか知らないが。他人のこと心配するよりテメエのことを心配しやがれ。夜ちゃんと寝れてんのかな。たぶん熟睡しているだろうが。俺は今晩まともに寝つける気がしない。



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