十三、鉦(かね)の音(5)

 結局俺はしっかり熟睡した。しかし朝は定刻より一瞬早く非常呼集で起こされた。敵がまた攻撃の準備をしている。奴らもこの場を早く片付けてしまいたくなったのだろう。この対陣は奴らにとっても地獄なんだと思う。
 やることは前日と同じだ。まずは矢を射てるだけ射つ。それから刀。ションベンが漏れそうだ。俺は朝起きたらまずションベンをする習慣があるんだ。起きぬけに交戦。便所も水分補給も朝飯もなんにもなしだ。膀胱パンパンだ。一時あまりの交戦の末、俺は堪えかねて
「ションベン!」
と叫んだ。すると王什長が真面目な声で
「そんなのその場でしろよ!」
と叫んだ。そういう非常手段があることは知っている。歩兵の常識だ。しかし今はあまりにも人間と人間が密着し過ぎている。俺が放ったら誰かを濡らしてしまうだろう。なかなか思い切りがつかず涙目になりながら
「限界だ!」
と叫ぶ。こんなことで集中力を失っている間に戦死したらどうしよう。って、どうしようもないか。戦死したらどうしようもないよ。隊長が猫の子でも捕まえるように俺をグイッと最前線から引き剥がすと、内側へ放り投げながら
「これでいいだろ、ションベン小僧。」
と言った。言いながら俺のほうには目もくれず全体の様子を見ている。俺は人影まばらな方に向かって放尿したが、いったん限界まで溜まりに溜まったものは容易に排出されない。ジジイのようにちょぼちょぼと断続的に絞り出す。腹が痛い。いや、俺の放尿の様子なんかどうでもいいんだ。援軍が来た。どこの軍だろう。砂煙。続いて旗。我が軍の旗だ。俺達は歓声を上げた。
 敵が分散する。俺達は手近にいる奴らを斬れるだけぶった斬る。隊長は燃え尽きたようにぼんやりと立ちつくしている。みんなはそんな様子に気づきもせずにかさにかかって暴虐の限りを尽くしている。援軍が敵をズタズタにする。勝ち戦だ。もう勝負はついている。しかしみんなそれまでの鬱憤うっぷんけ口とばかりに不必要な殺戮さつりくを続ける。人間のやることじゃない。隊長が鋭い口調で
「鉦!」
と命じ、かねの音でやっと終息した。みんな指示もないのに高らかに凱歌をうたう。まあ、そりゃそうだな、勝ち戦なんだから。当然の反応だ。



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