十四、一心同体(1)

 南鄭なんていに帰還してから五日ほど経った日の朝だ。隊長が蒸籠せいろから立ちのぼる湯気を楽しげに眺めている。
「その中身ってまさか……」
「蒸し餃子だ。」
ニヤリと笑う。
「ヤッター! 戦利品!」
無邪気に喜ぶ隊員たち。
「餃子職人なんていつ捕まえたんですか?」
そん司馬が捕虜の中から見つけて紹介してくれたんだ。俺がずっと長安名物蒸し餃子っつって騒いでたから気にかけてくれてたんだな。」
「騒いでたんですか?」
「へっへっへ。」
蒸籠せいろを開ける。もうもうと上がる香しい湯気の切れ間から、ちょこんと鎮座する小さい愛らしい餃子たち。つやつやと輝く白珪しらたまのようだ。優しく箸でつまんでお酢をつけて頂く。――つややかな表面からは意想外のもっちりとした皮膚、内からくるりつるりと大きめの具材が歯切れよく出て来る。肉の素直な味わいが蒸籠の素朴な香りをまとって健康的に口の中を跳ね回る。いっつも人をぶん殴っている恐ろしい手から、よくもこんな可愛らしい餃子が生まれるものだ。
「人間は生きてもせいぜい百年だけど、食文化って悠久じゃん?」
隊長は満ち足りた表情で妙なことを言い始めた。
「文字とか経典の解釈とかは時代によって全く別モノになっちまったりするけどよ、旨いもん食って旨いと感じる感覚は、たぶんいつの時代にも共通なんじゃねえかな。酒に対してまさに歌うべし、人生幾何いくばくぞ、っつってる人いたけど、俺は今生こんじょうを遊び暮らすよりも食文化を継承していくほうに興味があるな。」
「そんな求道者みたいな気持で料理してたんですか?」
「いや、違った。料理することが遊びなんだった。なんか、想像以上に旨くできたから動揺して変なこと言っちまった。こんど孫司馬や捕虜の奴らにも食べてもらおっと。」
ウキウキと蒸籠を片付けている。変わった人だ。

 久々にのんびりと軍刀術の型をやる。と思っていたら、ちっとものんびりではなくこまごまと指導される。まあ、いつも通りだ。十一名の戦死者の他に、負傷した者の中で復帰の見込みがないと判断された者が一名おり、今日さっそく十二名の補充があった。秋に徴兵された連中がちょうど基礎教育を終えて配属されたのだ。奴らは垢抜けない動作で型についてくる。隅から隅までメチャクチャだが、隊長はとりたててつっこまずに呑気に見守っている。新兵に関しては、配属のあった屯の屯長に「みんなについて来れるようにしっかり面倒みてやって」と指示しただけだった。
 うちの屯にも一名入って来た。李仲胤りちゅういんといって、俺より二歳年上だ。叔父さんが一度目の北伐で戦死したために兵役につくことになったそうだ。ふうん。俺にも甥っ子がいるが、一番上がまだ九歳だから、俺が戦死したら兄貴が兵隊になるのかな。兄貴は三十四歳だから、ギリギリ壮丁そうていだ。とすると家はおふくろと兄嫁とガキンチョだけになるというわけだ。だめだろ、そんなの。まあ、せいぜい死なずにがんばることとしよう。遠征中にうっかり隊長にくっついて行って敵をからかって矢の雨をうけるハメに陥ったのは実に危なかった。俺らしくない暴挙だ。あの時は異常な心理状態だった。



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