十六、定軍山の十一日間(1)

 隊長はせっかちだ。いつも突然なにかを思いついては即実行する。これは満更わがままだというわけではなく、いつ敵襲を受けても即行動できる集団を運営しようという意図もあるのだろう。とは言え、その日の隊長はあまりにも性急だった。
 いつも通り楽しげに朝食を摂り、呑気にルンルンと将校の会合に出掛けて行ったと思ったら、程なく深刻な表情で帰って来て慌ただしく屯長を召集した。
「毎度せっかちで申し訳ないんですがね、急遽お泊り演習に出かけることにしたぜ。ざっくり十日間くらい。」
「ざっくりですか。何を達成したら終了ですか?」
「さあてね。内容はこれから考えるとして、取り急ぎ出発する。」
「なんなんですか、それ。演習と呼べますかね。」
「実は避難だ。たちの悪い感冒が流行ってる。猛威が去るまで野外生活しよう。」
緊急脱出だ。

 わ~い、お泊りだ。なにやって遊ぶのかな~? ワクワク。まさか地獄のような演習を企画しやしないだろうな。何をやるのか決まってないようだから、今後の隊長の気分次第か。……怖え。と思っていたら、こう屯長がウキウキと
「十日間、なにやって過ごしますか?」
と聞いた。隊長はニコッと笑った。
「いまこうさんの顔見て思いついちゃった。定軍山の戦いごっこやろうぜ。黄屯長が黄忠こうちゅう将軍の役。」
「あははは、それ苗字がおんなじってだけじゃないですか。」
まんざらでもなさそうだ。
「じゃあ、他の配役どうしますか?」
「先帝の役はりゅう屯長でいいじゃん?」
「あくまでも苗字つながりでいきますか。」
張郃ちょうこうは張屯長。」
夏侯淵かこうえんはどうしますか?」
そう屯長かな。」
「つりあいからすればちん屯長じゃないんですか?」
「陳屯長は黄忠将軍の牙将がしょうの役があるじゃん。苗字つながりで。」
「私と陳屯長が束になって宋屯長をやっつけるなんて、気の毒だなあ。」
「自信満々じゃん。油断大敵だよ?」
「隊長は何か役やらないんですか?」
「そうだなあ。じゃ俺、夏侯栄かこうえいやろっかな。」
「誰ですか?」
「夏侯淵の息子だよ。黄さんがめでたく宋屯長を撃破した暁には、俺があんたんとこに突撃をかけるっていうお楽しみが待ってるわけ。」
「う~ん、じゃあ夏侯淵を仕留めずに泳がせておいたほうが安全なんじゃないですかね。」
「まあ任せるよ。べつに史実どおり再現しなくていいから。最初の布陣だけ決めたら、あとは適当に遊ぼうぜ。おっと、遊びじゃなかった。演習、演習。」



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