十六、定軍山の十一日間(13)

疲労も空腹もなく、憑かれたように激闘を続ける。誰がどこを向いているのか、どちらが優勢なのか、ちっとも分からない。
「おう、てめえら、いま誰の指揮で動いてんだ。」
「韓英を殺せ!」
「指揮官どこだ? 責任者は?」
「殺せ! ぶっ殺せ!」
「指揮系統崩壊したら君らの負けなんじゃねえの? 屯長一人も残ってねえぜ。どうする? 誰が後を継ぐ?」
「夏侯淵を殺せ!」
「やめだやめだ、降伏しやがれバッキャロー!」
「くたばれ、韓英!」
揉み合っているうちに、鉦の音が鳴り響き、宋屯長が呑気な声で
「はい時間切れ~。終了~。」
と言うのが聞こえた。ああ……もう日没か。負けた。なにが負けって、宋屯長が呑気な声出せる状況だっていうだけで、俺達の負けだよ。完敗だ。

 敵は元気一杯に凱歌を歌っている。俺達はくたびれて涙でぐしゃぐしゃになりながら号令に従って整列する。隊長は全員を集めて講評を垂れた。
「みんなよくがんばったな。」
にっこりと笑っている。ふん、勝った奴の余裕だろう。なんなんだよ、この演習。俺達全員大漢軍なのに、曹操軍の勝ちで終わるなんて、だめじゃないか。
「この仰天窪ぎょうてんわの陣地は、普通に攻めたって陥ちないだろ? 黄忠将軍がいかに困難な事績を成し遂げたか分かるってもんだ。そういう先人達の偉大な業績の上に、今日の我々があるってことだよ。」
上手くまとめやがって。ふうん、つまり、今回の演習は、どっちの軍が勝ってもよかったってわけか。まあ、演習なんだから、そうじゃなくっちゃいけないよな。

 翌日、山をきれいさっぱり片付けて、祭壇に花や供物を供えた。前日までの憑きものが落ちて、みんな穏やかな気持ちで祭祀を見守る。ふうん、夏侯栄って、十三歳だったのか。生きていれば俺より一歳年上だ。どんな人だったのか知らないけど。思う存分演習させて頂きました。どうもありがとうございました。
 定軍山で過ごす最後の晩だ。初日同様、和やかに酒盛りをする。最初の晩は闇夜だったが、今はもうだいぶ太った月が見えるようになった。空気もしっとりと柔らかい。もう春だ。



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