十六、定軍山の十一日間(4)

 翌日、曹操軍と皇叔軍に分かれて陣地の設営にかかる。交戦は三日目のの刻からと決まった。……まさか奇襲とかねえだろな。う~ん、黄屯長や隊長ならやりかねない。
 今回、俺の組織上の上官である陳屯長が皇叔軍にいるから、俺は夏侯栄役の隊長とは別の組になる。馬鹿の相手をせず久々にのびのびと過ごせる。勇猛果敢な黄屯長を計画的な陳屯長が補佐するのだから、安心していていいんじゃなかろうか。夏侯淵役の宋屯長はおっとりとしたオッサンだから、さほど恐れることもないだろう。隊長が宋屯長の息子としてあっちにいるのが気にかかるが、たぶん屯長のやることに口出しはせず指示通りに動くだけだろう。宋屯長が「息子よ、一人で敵陣に乗り込み黄忠の首をとってまいれ」なんていう無茶を言ったら大事おおごとだが……。
 黄屯長と陳屯長が相談している。
「どうやって攻める?」
「うまく誘き出せないかな。」
基本的に、曹操軍が漢中を支配しているのを我々が攻め取るのだから、向こうはどっしりと守りを固めていればいいわけで、俺達の方から積極的にしかけなければ勝機はない。
「火計は? 炎で炙り出そう。」
「どうやって火をつけるんだよ。」
「夏侯栄を名指しして野戦のお誘いをかけてみるか?」
「敵の大将は夏侯淵だぜ。」
「陽動隊が夏侯栄をやっつけてる間に敵本陣を総攻撃。」
「なるほど。用心棒の息子の留守中に急襲か。」
本物の夏侯栄はそんな武辺者ぶへんものじゃなかったみたいですけど。

 三日目の朝だ。定刻に軍使を派遣し、夏侯栄に野戦のお誘いをかける。と、程なく夏侯栄が百人ばかり引き連れてのこのこと出て来た。こちらの野戦の指揮をとるのは陳屯長だ。敵はのこのこと出て来て、ずんずん近付き、どこまで近付くつもりだ。陳屯長は問答無用に我々に矢を構えさせ、てと命じた。もちろん先端に矢じりはなく、代わりに綿を丸めたものがついているが、怪我をするくらいの威力は充分ある。敵はすかさず盾を構え、矢を防ぎながら更に接近する。わずか二歩まで近付いたところで両軍抜刀、夏侯栄が恐ろしい声で
「降伏しろ!」
と言うのと、最前列が斬り合い代わりの棒での叩き合いを始めたのがほぼ同時だった。
「歌え! 屠柳城とりゅうじょう!」
それ、魏の軍歌じゃないか。しかも歌詞がとびきり恐ろしいんだ。奴らこんな歌をいつ練習したんだろう。魔鬼あくまの子分どもが恐ろしい声で歌いながら棒を振り回す。仲間に対する態度じゃない。完全に殺す気だ。



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