十六、定軍山の十一日間(5)

「ギャハハハ、陽動隊か。ナメた真似しやがって。」
俺達が陽動隊であることに気付いたらしい。さっとかねを鳴らし、夏侯栄が引き返していく。ヤツを野放しにしては敵の本陣を襲撃中の我が大将が危ない。俺達は夏侯栄を追撃する。夏侯栄は最後尾で部下の行軍を監督しながら我が軍の放つ矢をかわしつつ、かつ石弾をポカスカ投げつけてくる。こっちは盾を構えず両手を使って矢を放ちながら追っているのだからたまらない。
「オラ子兼しけん、命中したぞ。離脱しろ。」
仕留めた奴を一人一人名指ししてくる。なんて細かい野郎だ。と、思っていたら、まさかの伏兵! なんということだ。夏侯栄はおとりだ。我々を伏兵の地点までおびき寄せるための餌だった。夏侯栄が反転して、ニヤリと笑う。
「もっかい歌え。屠柳城。」
夏侯栄と、道の両側の伏兵とで、三方から魔鬼あくまの歌声で屠柳城の大合唱だ。我が部隊長の陳屯長は敢え無く捕縛され、残された俺達は散り散りになって敗走した。敵陣を襲撃中の黄屯長は背後を夏侯栄に衝かれて退却した。
 なんなんだよ。本物の夏侯栄って、そんな奴じゃないだろ。定軍山の戦いってこんなんじゃないじゃん。陣地に逃げ帰った黄屯長は劉屯長と相談する。ちなみに、劉屯長は先帝の役ではあるが、日頃の力関係からして当然のごとく我が軍の大将は黄屯長となっている。
「陳さんを失ったのは痛いなあ。」
「捕虜の交換、できないかな。」
「夏侯尚を捕まえないと。」
「誰でもいいんじゃないか? さっき何人か捕まえて来ただろ?」
「奴ら全部と交換で、陳さん返してもらうか。」
さっそく捕虜の交換を申し入れると、快く了承された。陳屯長以下、全ての捕虜を返してくれるという。まさか捕虜の中に敵兵を混ぜて内応させるつもりじゃなかろうな。……それはありえないか。全員面が割れてるのだから。

 四日目、捕虜の交換が実施される。両陣営から、それぞれ捕虜が歩いて自軍まで戻る。実際の定軍山の戦いでは、捕虜交換を行った際、黄忠将軍が敵陣に帰って行く捕虜の背中に向かって矢を放ち、敵を激怒させて誘き出したんだ。とにかく夏侯淵を誘き出して戦ったほうが有利だから、我らが黄屯長も捕虜の奴らの背中に向かって矢を放ち、敵を挑発しにかかる。
「ギャハハハ、黄忠の野郎、手段を選ばねえ。」
敵大将のドラ息子が野次った。その発言、マズいよ。黄忠将軍は我が軍が誇る五虎大将の一人じゃないか。けなしちゃダメだよ、隊長。役になりきり過ぎです。
「黄忠を殺せ!」
夏侯淵が激怒して叫ぶ。宋屯長も、役になりきり過ぎです。曹操軍役の奴ら、自己催眠でもかけながらやってるんだろうか。やけにノリノリだ。
 夏侯淵との激闘が始まる。この場で夏侯淵を仕留められれば上出来だが、この会戦の目的は敵の陣地を奪うことにある。いま劉屯長率いる別働隊が敵陣を襲撃しているはずだ。曹操軍の指揮は宋屯長がとっており、隊長は大人しく指揮に従うだけだ。なかなかいい勝負になっている。両軍揉み合っている間に、敵の陣地に狼煙のろしがあがるのが見えた。すると、夏侯栄がさっと戦線を離れ、陣地に引き返して行く。夏侯栄のやつ、陣地を救いに行くの間に合うかな~と余裕で見守っていると、しばらくして敵の陣地のほうでどっと歓声が上がった。敵陣陥落したな、と思っていると、意外にも、
「劉備を捕らえたぞ!」
と、敵軍が大いに盛り上がっている。エエ~……。夏侯栄の野郎、わずかな手勢だけで本陣を救助しちまったのか? と思っていたら、先帝を捕らえたのは夏侯栄じゃなく、張郃ちょうこうだったらしい。あとから聞いた話によると、劉屯長が敵陣を襲撃した時、陣地はもぬけの殻、策にはまったかとオロオロしているところを張郃の伏兵に襲われたらしい。張郃と夏侯栄の挟撃にあい、あえなく捕縛。畜生!



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