十八、桃姚路(とうようろ)(5)

 街道を進むこと三十里、いよいよ道は山に入る。さほど高い山でもなく、尾根伝いに道ができている。こんな感じの道を歩く時には隊長はだいたい楽しげな歌を歌わせるが、今日はついてくるだけの人だから歌えとも言わない。みんなぺちゃくちゃおしゃべりしながら歩く。この調子でいけば昼下がりには桃園村に着きそうだ。
 太陽が真上に昇った頃、目的地まで山脈一枚隔てただけの地点に至る。山脈といっても、さほど高くはない。ここからいよいよ人跡稀な獣道を踏みわけ峠を越える。まあ、低い山だから、迷子にさえならなければあっという間に抜けてしまうだろう。
 ……けっこう歩いた。小休止が入る。隊長は呑気に山菜を摘む。俺はけっこう汗もかいたしバテてきた。陳屯長に
「まだ着かないんですかあ?」
と絡む。
「う~ん。」
曖昧な返事をして、陳屯長は張屯長のところに歩いて行く。まさか、迷子?
 陳屯長が戻って来た。俺の質問への回答はなく、小休止終わり行軍再開する。峠と言いつつどこまでも登っていくのだが、どこへ向かっているのだろうか。迷子なんじゃないかと疑い始めると、途端に心細くなってくる。隊長は呑気に道の端っこを指さしながら
「あっ、ウズラ!」
とはしゃぐ。
「もしやウズラ捕って食いたいと思ってます?」
「う~ん、食いたいけどさあ、行軍中に列を抜けて勝手に遊んでたら怒られちまうな。」
「えっ、誰にですか? ここで一番偉いのあなたですよ?」
「そっか、俺を叱る奴いねえのか。う~ん、でもやっぱダメ! 隊列を乱すなんて歩兵としての矜持きょうじが許さない。」
「いや、もう歩兵じゃないですよね。指揮官ですよね。」
「ああそうだっけ。」
いつになったら覚えるんだよ。てめえはもう歩兵じゃないんだぜ。
 半時ほど歩いた。また小休止が入る。日は西に傾き始めている。みんな何も言わないが、表情には不安と焦燥がありありと浮かんでいる。ただ一人
「あ~あ、ウズラいねえかなあ。」
とガサガサとやぶに分け入っていく馬鹿を除いては。
 更に一時余り歩いた。もう夕暮れ時だ。張屯長と陳屯長が雁首揃えて隊長のところへやって来た。
「隊長、どうやら道に迷ったようです。」
「あっそ。」
「どうしましょうか。」
「どうすんの?」
「このまま日が暮れたら問題です。」
「そうだね。」
「あの、相談に乗って下さる気あるんですか?」
「え~、べつに俺に相談なんかしなくていいぜ。なんか問題あれば責任とってやるから好きにやんなよ。」
「好きにと言われましても。」
張屯長は困った顔をしているが、陳屯長は怒った顔をしている。
「べつにちょびっとぐらい道に迷ったってそんな困ることねえじゃん。ここらの山は最悪でも半日も歩けば必ず人里に出るよ。おんなじ場所をぐるぐる回ってさえいなけりゃな。」
「そのおそれもあります。」
「方角分かんねえの?」
「日が沈んだらお手上げです。」
「ふうん。じゃどうすんの?」
「ええっと、夜にあてもなく歩きまわるのは危険ですよね。」
「そうだね。」
「ではここで野営します。」
「へえ、ここで……。」
それは無茶な話だ。狭い山の斜面の真っただ中だ。ここじゃあ火も焚けないよ。食事の仕度もできないし、火の気がなかったら野生動物に襲われそうで怖いじゃないか。
「ではなくて、平坦な場所を探して野営します。」
「はい。分かりました。まあお一つどうぞ。」
隊長はなつめの干したやつを張屯長と陳屯長に一つずつ渡した。この人は食べ物が口に入りさえすれば何もかもうまくいくという信仰の持ち主らしい。



《広告》
ページ公開日: 最終更新日: