十九、悪党(1)

 遠征中に持ち場を離れた者を毎日三名ぶちのめす、というのが、このところの隊長の日課だ。自己申告で自分達で順番を決めて三名ずつ出頭しろという指示を、みんな律儀に守っている。あの日いったい何人が持ち場を離れたろうか。鉄拳制裁が完了する前に次の遠征が始まっちまうんじゃねえかという気がする。
 当初は隊長の飛刀のスゴ技に浮かされて喜々として殴られに来る奴ばかりだったが、最近は一時の熱も冷めて、みんな淡々と制裁を受けに来る。黙ってりゃ分からねえのによ、と言いながらも、正直に出頭してくる態度を隊長は好もしく思っている様子だ。
 本当に黙ってりゃ分からねえんだろうか。そうではなかろう。俺達は隊長が異常に細かい性格だということを知っている。誰がどこで何をやっているか、全てお見通しなのではなかろうか。べつに、出頭しなくても怒られるということはないだろう。ただ、あいつはしれっと黙ってる奴なんだな、と思われるだけだ。そう思われたところで、それで特に損をするということもないだろう。今まで通り普通に扱ってくれると思う。
 みんながどうしてわざわざ正直に出頭するのかというと、それはみんなの方の気持ちの問題なのだと思う。隊長は一人一人が何をやっているか、いつも知ってくれている。自分のことを知ってくれている相手には、みんな誠意を尽くしたいという気になるんだ。なんか、そんな名言があったな。確か、おのれを知る者のために死す、だっけ。俺達は士なんていうほどのものじゃないが、一寸の虫にも五分の魂だ。

 夕食後の自由時間に便所へ行こうとしている途中、隊長が木の下に座って何か本を読んでいるのを見つけた。珍しいことだ。この時間帯は大抵部屋でお茶を飲んでいるか、事務処理でもしているのに、どうしてわざわざ薄暗い屋外で読書しているのだろう。よほど他人に見られてはまずいような危ない本なのだろうか。用事がなければわざわざ近付きたくない人物ではあるが、好奇心に抗しきれずに声をかけた。ションベンは後回しだ。
「それ、なんの本ですか?」
「判例集。最新版。面白いぜ。」
「こんな薄暗い中でこっそり読まなきゃいけないような秘密の本なんですか?」
「いや違うよ。暇つぶしに持って来た。」
「待ち合わせでもしてるんですか?」
「張り込みだ。たつみの方向三十歩の地点にあやしい気配がある。」
「便所じゃないですか。」
におうと思わねえ?」
「そりゃ便所は臭いますよ。しかたないじゃないですか。」
「そうじゃなくて不穏な気配がよ。」
「え、まさか便所で首つり自殺とか? たまにありますよね。」
「うちの部隊に自殺しそうな奴いるかな。」
「いないと思いますけど。」
「俺もそう思う。」
「じゃなんなんですか?」
「来たぜ。野郎、あやしい。この半時で二度目だぜ。」
劉文達りゅうぶんたつという奴が便所に入って行くところだった。



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