二十、お山の鳥の声(1)

 桃の花もあらかた散った晩春の一日、会合から戻った隊長は屯長達を集めて、笑顔で言った。
「また遠征が始まります。出発は三日後の刻。」
「三日後に陳倉ちんそうに集合じゃないんですね。」
張屯長の冗談に笑いがおこる。隊長は面白くもなさそうに
「三日以内に陳倉に到着することも可能だけどな。まあ、元気な状態で到着するためには四日はみといたほうが安全だろう。」
と真面目な発言をした。
「エエ~、四日ぁ?」
「てめえら何の話をしてんだよ。三日後に出発っつってんだろ。お出かけの仕度を二日以内に整えろって話だ。」
冗談通じず不機嫌になる隊長。おしゃべりを楽しむほどの知能がないらしい。

 ふうん、三日後に出発か。とすると、出陣式は無しだな。敵の不意を突いて急襲ってことか。つまらなさそうな顔でなんかの目録を見ている隊長に質問してみる。
「今回も陳倉を攻めるんですよね。」
「そ。」
「このあいだ落とせなかったのに、また行くんですか? なんか前回と状況変わったんですか?」
「陳倉を守ってる郝昭かくしょうさんが病気だってよ。重病。」
「そんな重要な情報を、勤務兵に聞かれてぺらぺらしゃべっちゃってもいいんですか?」
「勤務兵には守秘義務があるだろ。特別な手当も貰ってるじゃん。そういう相手だと思って信頼してしゃべってんだけど。」
「え~、その信頼、重いなあ。」
「あっそ。じゃ勤務兵やめな。」
「ウソです。しゃべっちゃまずいと思うことは誰にもしゃべりませんよ。そのくらいの自覚はあります。それにしても、隊長口が軽いな~と思って。」
「べつに口止めされなかったからな。それに、もしその情報がマジに重要な機密だとしたら、俺の耳にだって入ってねえはずだ。」
「じゃあその情報、うそなんですか?」
「さあ。まあとにかく、俺らは『郝昭かくしょうが重病だから三日以内に軍を出して陳倉を攻めるぞ』って姿勢を内外に知られちまっても問題ねえってことだ。急襲するわりには三日後に出発ってのも微妙に悠長だから、たぶん俺らは陽動隊なんだろう。もし郝昭かくしょうが本当に重病なんだとしたら、我が軍の奇襲部隊は今頃とっくに出発してるよ。」
ふうん、だからご機嫌ななめだったのか。と思っていたら、ニコッと笑った。
「しゃべっちゃまずいと思うことは誰にもしゃべりません、そのくらいの自覚はあります、か。えらいぞ。さすがだ。」
褒めんなって。
「べつに、あたりまえのことじゃないですか。」
「あたりまえのことをあたりまえにできる人材は貴重だ。いい相方を得たよ。」
満足げに目を細めている。
「勤務兵は相方じゃありませんよ。頼りにされても困ります。」
「ううん、頼っちゃう。頼りにしてるから重いな~と思いながら必死こいて働いて。」
「言われなくても手当の分はキッチリ働きますよ。手当に見合わないと思ったらやめます。」
「いくら金を積んだって、いい相方が必ず得られるとは限らない。」
「ベタ褒めじゃないですか。なんなんですか。」
「俺おまえのこと気に入ってんだ。普段なかなか言う機会ないから口がすべった拍子に告白しとこう。」
「なんなんですか? 死ぬんですか?」
「まあ、いつかは死ぬよ。百年以内にはね。」
百年後か。百年後には、いま一緒に戦ってる連中はきっと誰一人生き残っていないだろうな。せいせいする。



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