二十、お山の鳥の声(13)

 俺が不在の間は、勤務兵決めのくじ引きで副の当たりを引き当てた李幼信りようしんが当番に就く。とりたてて引き継ぎをすることもない。不安げにしている幼信ようしんに対し、俺と隊長は
「まあ、やってるうちに慣れるよ。」
とニヤニヤする。ああ嬉しい。しばらくのあいだ馬鹿隊長と離れて過ごせるとはせいせいする。俺は満面の笑みで
「じゃあ隊長、失礼します。」
と気軽に挨拶する。隊長も
「はいよ。道中気をつけてな。」
と気軽に応じる。
「でよお、お前、遠征始まって以来もん憑いてるから、漢中までの山道の中でキッチリ憑き物落して穏やかな顔で帰るんだぜ。お母さんに心配かけちゃだめだぞ。」
「はあ? べつにいつも通りですよ?」
「そんなわけあるかよ。遠征の仕度始めた頃からおまえ異常にカリカリしてる。俺は正直毎日一緒にいてちょいと怖かったぜ。」
「はあ? なんですかそれ。っていうか怖かったらその都度言って下さいよ。」
「指摘したらよけい怒られそうだから戦戦兢兢としながら黙ってた。今だっておまえ半ギレ状態じゃん。」
「え~、これべつに、いつも通りですよ?」
「ま、お山の綺麗な空気でも吸いながらのんびり鳥さんの鳴き声でも聞いて、胸に手を当ててゆっくり考えてみるんだな。じゃあな。」
手でシッシッとされ追い出される。なんだよ。

 言われるがままに、帰るみちみちお山の綺麗な空気を吸って、のんびり鳥さんの鳴き声を聞きながら、胸に手を当ててゆっくり考えてみる。最初の二日間くらいはなんにも思い当たるふしがなかったが、道の単調さに思考が停止する三日目あたりから、しだいに本来の自分に戻ってきた。
 遠征中は、確かに異常な精神状態だった。何か見るにつけ聞くにつけ、とにかくイラついてしかたがなかった。発言も常にも増して辛辣しんらつだったように思う。なんだったのだろうか。たぶん、遠征の仕度に取りかかる際、隊長が我々は陽動隊だという話をした時から、なにもかもが気に食わなかったんだ。そんなに入れ込むこともないのに。
 しばらく韓英のことは忘れて、ゆっくりと羽を伸ばそう。



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