二十一、血盟(1)

 ゆっくりと羽を伸ばすつもりが、一月ひとつき足らずで隊長たちも帰還することになった。今回の遠征では武都ぶと陰平いんぺいを掌握したということで、その功により丞相じょうしょうは右将軍から丞相に戻された。これまでのあだ名としての「丞相」から、正真正銘の丞相に戻ったわけだ。
 凱旋軍の漢中かんちゅうへの到着予定日間近になり、五か月ぶりに営舎の隊長室に風を通し、砂埃をせっせと掃除する。ヤツは掃除の仕方にも異常に細かい。あいつの気に入るように掃除できるようになるまで一か月もかかった。今では慣れたものだ。
 遠征前は慌ただしかったから、部屋に置き忘れられた生ものとかがカラカラに干からびていたりカビの温床となっていたりしそうで怖えなと思いながら掃除しに来たが、室内はあたかも二度と帰って来る気がないかのようにきれいさっぱりと片付いていた。
 遠征中は隊長が司馬懿をやっつける係だったので、このあいだ手でシッシッと追い出されるようにして別れたのが今生の別れになるかもしれないなと思っていたが、何事もなく呑気に帰って来るらしい。あいつに死なれて新しい隊長が来るのも面倒だが、死ななければ死なないでやっかいな野郎だ。帰ってくればまた毎日せかせかとあれこれ思いついてはみんなを振り回したり、ネチネチと嫌味を言ったりするんだろう。想像するだけで気が滅入る。本人不在のままあれこれ想像するよりも、実害を目の当たりにするほうがまだ精神的負担が少ないはずだ。とっとと帰ってきやがれ。

 翌日にはもうボチボチ漢中に到着するらしいという情報を得て、翌日早々に漢中の留守番隊は城外三十里まで凱旋軍を迎えに出た。南鄭から三十里も北行すると、もう秦嶺山脈の入り口だ。凱旋軍が道を下ってくる物音が聞こえるが、姿はまだ見えない。こちらから太鼓を鳴らして合図をすると、向こうからも返事が来る。
 半時ほど経って、先頭から続々と山を出て来るのが見えてきた。ごきげんで凱歌を歌っている。こちらは歓呼で迎える。先頭きって来たのは姜奉義きょうほうぎ麾下の弓騎隊だ。以下続々と様々な所属の様々な兵科の部隊が通過する。うちの将軍の部隊は夕方近くになってようやく見えてきた。将軍麾下きかの四種類の騎兵隊が通過した後、歩兵のなかの先頭きってうちの刀盾隊とうじゅんたいが帰ってきた。ここを通過していく連中はごきげんであいさつをかわして凱歌を歌って行けばいいだけだが、迎えに出るほうは朝からずっと定点で待っているわけだから、いいかげん飽きているし、くたびれている。そういう状況をよく理解しているらしく、隊長は俺達の姿を認めるなり大爆笑して
「おう、お疲れさん。炎天下によくやるぜ。ギャハハハハ。」
と、ねぎらいなんだか小馬鹿にしてるんだか分からない言葉を口にした。相変わらずだ。
 兵営に戻り、点呼やら将軍のお話やら一通りのことが済み、旅装を解いたり晩飯の仕度にとりかかる段になって、ようやく隊長室に帰って来た。一歩足を踏み入れるなりニコッと笑う。
「掃除とかしといてくれたんだな。気が利くじゃん。ありがとう。」
褒めんなって。気が利かなくても普通そのくらいのことやるでしょう。
「やったな~。すぐ生活できるじゃん。ありがたい。」
ご機嫌でぶつぶつと独りごとを言いながらさっそく小麦粉の入った袋を手に取る。



《広告》
ページ公開日: 最終更新日: