二十一、血盟(7)

「五十一といえば、まだまだ脂の乗ったお年頃だ。十年二十年と頑張っちまうかもしんねえな。あんな怪人がのさばってる間は、俺らに容易に勝機は来ねえ。モタクタやってる間に諸君の青春も終わっちまうな。」
いつしか辺りはすっかり夜闇に包まれている。
「だめだろ、そんなの。」
風はない。汗がじっとりと滲む。
「だからさ、俺達が魏と戦う以上は、司馬懿って野郎は生かしちゃおけねえんだ。生け捕りなんて甘いことは言わねえ。殺せ。」
静かな声だ。
「冗談半分でおかしなことを請け合っちまった俺のメンツを立てるためにやってくれっていうわけじゃない。北部戦線を戦う十万の同胞のため、そしてその帰りを待ってる五十万の家族のためにやるんだ。」
誰一人として身じろぎもせず、隊長を見ている。みんなの目の中には等しく羊を焼く炎の色が映っている。この沈黙はなんなのだろうか。
 隊長の澄んだ目を見つめる。宗教の勧誘よりもたちが悪い。暗闇と炎と沈黙。意に反して鼓動が高まり耳まで赤くなるのが分かる。と、隊長がニコッと笑って
「さあて、焼けたかな?」
と立ち上がり、羊の肉のほうに歩いて行った。ズコッ。
 隊長が剣舞のような優美な動作で羊の肉を切り分けている。俺はまだドキドキしている。変な汗かいちまった。指先は痺れているし、目は涙目だ。なんなんだよ。みんなも似たような状態で、呆然としている。隊長が拉麺を伸ばしている時に特に顕著なように、彼が孜々ししとして食材を取り扱う姿には常に神々しい風格が漂っている。もしいま隊長に「俺の料理の弟子になれ」と言われたら、きっと催眠術にかかったように「はい」と言ってしまうだろう。俺より二歳年上の、ふだんおとなしくてあまり目立たない王季信おうきしんという隊員が、さっと立ち上がり前腕に匕首ひしゅを突き立てながら
「必ず司馬懿をたおし、中原を取り戻す!」
と叫んだ。隊長は眉をひそめながら
「その刃物、大丈夫なのか? 不用意に皮膚を傷つけて破傷風にでもなったら命取りだぜ。」
と、妙に常識的な発言をする。他の隊員も続々と立ち上がり
「決してともに天をいただくまい!」
「誓って司馬を滅ぼす!」
と口々にいかれた流血をともなった誓いを立てる。全員いかれていたんだ。とうとう隊長を含め、その場にいた五百五名全員が血盟を交わした。俺もだ。

 目の中に燈色の炎の像を映しながら、香ばしく焼いた羊の肉を食べる。この世のものとも思えないくらい旨い。俺は炎の色に照らされながら元気に肉にかじりつく若くて健康な仲間達の姿を奇異な思いで眺めた。隊長は、やはりちょっとした妖術使いなんだろう。今日は夜闇の迫る時刻の炎の力を利用したんだ。
 ちょくちょく美味しいものを食わせてくれる呑気で愉快なオッサンだと思って油断してついて行ったら、きっと俺達は一人残らず地獄の底まで連れて行かれるだろう。



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