二十二、標的(4)

 俺の心の中での忠告が聞こえるはずもなく、立ち合いを終えた韓隊長に周隊長が近寄って笑いながら話しかけた。
「冗談で司馬懿を生け捕ると言ったら将軍に本当にやらされるハメになって困ったようなことを言っていたのに、やっぱりやる気満々なんじゃない。二枚舌だよなあ。」
隊長は真面目くさった顔で答える。
「すみません。実は最初から本気でした。」
周隊長は呆れたという顔で隊長を見た。
刀盾とうじゅん隊は精鋭だとは言っても、単に年齢制限が三十五歳までって決まってるだけだよ? とりたてて選抜された猛者が集まってるわけじゃない。人数も少ないし。付け焼刃でちょっとしごいたくらいで本当にできると思ってるの?」
「思ってます。」
「自信家だなあ。」
「自信ないですよ。みんなが目一杯頑張ってくれたとしても、全員実戦経験はさほどないし、人数も少ないですから。卵で石を砕こうとするようなものです。ひどいことになるでしょう。」
真面目な表情で語られる救いようのない発言に気圧けおされて周隊長が絶句している隙に、隊長はつと周隊長に近寄り、両手でさっと周隊長の手を握ってしまった。周隊長は一瞬逃げようとしたが間に合わない。
「一緒にやって下さいよ。」
周隊長はゲッという顔をして絶句している。捕まったな、と俺は思った。皮膚の接触というのは危険なんだ。頭では韓隊長のことを嫌いだと思って馬鹿にしているとしても、手を触れてしまうと、意外な手の力や体温から、頭で思うのとは裏腹な感覚が瞬時に注入されることがあるんだ。
「単独で司馬懿の親衛隊に当たるとしたら、今ここにいる漢中の子弟たちをみすみす狼の巣に追いやるようなものです。失うものは計り知れず、事の成否は定かではない。想像しただけで逃げ出したいです。しかしあなたと一緒だったら、できる。周隊長が助けて下さるなら百人力です。どうか一緒にやって下さい。」
周隊長は顔面蒼白になって固まっている。魔鬼あくまの餌食になることが分かっていながら逃れられない顔だ。
 そもそも、周隊長がわざわざ嫌味を言うために韓隊長に会いに来るのは、韓隊長に対して相当興味があるということだ。嫌いな奴のことは、あいつのここが嫌い、ここも嫌い、ほんとに嫌な奴、と、四六時中つぶさに観察してしまう。たまにわざわざ会いに行って嫌味の一つでも言ってやるのは快感であり、心のどこかではその刺激を求めている。寝ても覚めても気になってしかたのないあの鼻もちならない男が、情熱的に手を握りながら自分を頼ってきたら、もう恋に落ちるしかないだろう。うっかり接近したのが運の尽きですよ、周隊長。
 ちなみに、魏鎮北の師団が司馬懿と戦う時には、作戦の指揮をとるのはもちろん将軍だ。将軍がうちの部隊を司馬懿にぶつけるつもりになったとしても、それはべつにうちの部隊が単独でやるわけではなく、ほかの部隊と協調させながら効果的に戦えるように将軍が指示を出してくれるはずだ。だから、べつに韓隊長が他の部隊の隊長たちにいちいち協力を仰がなくたって、将軍は他の部隊に指示を出してうちの部隊の動きを助けるようにはからうだろう。ただ、将軍から言われた通りに動くだけっていうのと、志を共にして動いてくれるのとでは、当然ながら働き方が断然違うはずだ。だから隊長が他の部隊の隊長に地道に火をつけて回るのは、司馬懿打倒を達成するためには必要なことだと思う。
 だからといって歯の浮くようなこと言いやがって。悪党め。



《広告》
ページ公開日: 最終更新日: