二十四、賞月(10)

 そうと決まれば帰心矢の如しだ。さっさと王什長のところに整列する。みんなが帰る気満々の時に、張屯長が
「隊長はどうなさるんですか?」
と訊ねた。
「まあ私のことはお気になさらず。とっとと行っちゃって下さい。」
「まさかここで月下独酌?」
「ギャハハハ、それ風流なのか凄惨せいさんなのか分からねえな。湖の精にさらわれて沈んじまいそうじゃねえ?」
「今晩行くところあるんですか?」
「ま、私のことはどうか気になさらずに。」
「女のことろにでも行くんですか?」
「ごちゃごちゃうるせえな。とっとと行きやがれ。」
手でシッシッと追い払うしぐさをする。張屯長は構わず隊長の腕に腕をからめる。
「もし一人で明月を眺めながら一晩過ごすとしたら、さびしすぎますよ。」
「よけいなお世話だ。」
「うちに来て下さいよ。」
「奥さんに怒られるぜ。っていうかてめえが今晩家に入れるかどうかも分からねえじゃねえかよ。」
「どっかに転がり込みますよ。一緒に転がりましょう。」
「ウゼえ。」
二人してゴチャゴチャと口論をしながら張屯長が強引に隊長を連れ去る。隊長もべつに固辞するわけでもなく引っ張られて行くから、張屯長が心配したように今晩どこかに行くあてなんかなかったんだろう。

 俺は李叔遜と連れ立って家のすぐ近くの辻まで来た。叔遜とは通り二本隔てただけのご近所さんだ。
「じゃあな。」
辻から二十歩ほどの家の前に立つ。中ではお袋と兄嫁が何か煮炊きをしている。腹減ってないって言っといたのにな。さっき什のみんなと一緒に一回家に来た時に、寝ていた三歳の姪っ子が起きてしまい、元気いっぱいにはしゃいでいる声が聞こえる。兄貴は子守りをしているようだ。
 夜中に突然ぶらりと帰ってくるなんて、迷惑千万だよ。でも家のみんなは驚いただけで、嫌な顔はしなかった。ありがたい。連絡もなしに夜にいきなり帰るなんて、危険だよな。間男とバッタリ出くわしてすったもんだしてるような現場もあるんじゃなかろうか。什単位で行動しているから、周りが仲裁してどうにかするんだろうけど。隊長の野郎、まさかこれを機に膿を出しとけって魂胆じゃあるまいな。そんなこと、当人たちにとって幸せかどうか分からないぞ! 俺は結婚もしてないし恋人もいないから無邪気に家に帰ってこれる。兄嫁に嫌われないかだけ心配だったが、ボサボサ頭のまま機嫌よくいろいろやってくれている。年に何回も帰ってこれるわけじゃないし、明日死ぬかもしれないんだから、多少のことは大目にみてくれるんだろう。



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