二十四、賞月(3)

 直近の上官を小馬鹿にするような発言をその従卒に聞かせるというのは、普通に考えれば危険なことだ。俺にしても、勤務兵には守秘義務があるというのに隊長の奇行についてペラペラとしゃべるのは、普通に考えれば信用にかかわることだと思う。しかし韓隊長に限っては、あの人の噂話はお天気や食べ物の話題と同じくらい安全だ。誰もが共通して小馬鹿にしている人物であり、当人も小馬鹿にされて喜ぶからだ。誰もが安心して悪口を言えるとは、変な人徳だ。
 くだらない話をしている間に隊長が戻ってきた。
「お月見の許可出たぞ。」
張屯長が呑気に質問する。
「月見に行きますって言ってきたんですか?」
「うん。笑顔で『ヒマ人め。働け。』って言いながらすげえ上機嫌で許可してくれた。」
「ずいぶん屈折した愛情表現ですよねえ。素直に『いつもよくがんばってるからたまにはゆっくり遊んでおいで』って言ってくれればいいのに。」
「そういう甘~い言い方してもらうよりも『ヒマ人め。』って言われた方が痺れちゃう。」
脱走兵を二名も出していながら、呑気な人たちだ。
 一日の終わりを迎えて油断しきっていたところを召集された屯長たちは一様に怪訝けげん顔だ。
「まいど突然で申し訳ないんですがね、これから夜間演習する。」
隊長のへらへら顔を苦り切った顔で見つめる屯長たち。
「という名目で、お月見だよ。」
にっこりと笑う。
「ちょっと内緒話するんで、集まって下さい。」
べつに内緒話で言わなくたって、部外者はいないんだからかまわないだろうに。気分の問題かな。ヒソヒソ声で屯長たちに指示を出している。
「ということで、お願いします。」
屯長たちから怪訝な表情は消えている。隊長からもへらへらした様子は消えている。

 月明りをたよりに粛々と行軍する。表向きには演習だというのに夜陰に紛れる擬装もなしだ。南鄭なんていから十里あまり南に行った南湖なんこたむろする。
「月見には絶好の場所じゃん?」
もちろん、南湖に映った明月は美しい。しかし、それよりもこの場所は、幼珪と文喜の故郷である漢坪村かんぺいそんから目と鼻の先なのだ。
 月光をかき消すように煌々こうこう松明たいまつを灯す。物陰に隠れながら少し接近してみれば、隊長の旗が識別できるだろう。呑気に月を見ながらくっちゃべっている隊長の様子までうかがい知れるかもしれない。



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