二十五、鏡(15)

そうこうしているうちに生地を寝かせ終わって伸ばすだんになった。隊長は生地に手を伸ばしかけてふと手を止めて、
「おれ酔いが回って指先が痺れてきたぜ。ここにいる未来ある若者に代わりに麺伸ばしてもらうんじゃダメか?」
と無茶なことを言いだした。無理だよ。おれ拉麺なんか作れないっす。って言ったら鍾師範に絡まれそうなので運を天に任せて黙っておく。幸い鍾師範は隊長の提案を却下した。
「おれ何年かぶりに韓師傅しふの拉麺食えると思って楽しみにして来たんだ。そこの若者がいかに有能か知らないけど今日は韓師傅のを食わせてくれよ。」
「了解。」
隊長は酔いの片鱗へんりんも見せずにくるくるといつも通りの鮮やかな手つきで麺を伸ばしていく。一方の鍾師範は完全に酩酊状態だ。隊長はニヤニヤと笑う。
「いま食ったって明日になりゃあどうせ忘れてやがんのによ。」
「忘れるもんかよ。俺はこの七年間、何度となくお前の拉麺を夢にみてきたんだ。」
「夢に出て来た? マジか。」
「おう。これまで二回くらい夢でみた。」
「嘘っぺえな。」
話しているうちに麺が茹であがり、隊長が三つの椀に拉麺をよそう。俺がお相伴にあやかるのを見て鍾師範は目を細めながら
「お前いつもこいつの作るもん食ってんの? 羨ましいなあ。」
と言った。べつにいつもってわけでもないがすぐにはっきり返事をしないとまた絡まれそうで面倒くさいので即座に
「はい。」
と答える。
「いいなあ。俺と交替してくれよ。お前が都で師範やって俺に異度いどの勤務兵やらせてくれ。」
隊長は鍾師範に向かって
「お前には務まらねえよ。」
と言った。
「へえ、キミそんなに優秀なのか。確かにこいつのおもりをするのは一筋縄ではいかねえもんなあ。」
「はい。」
「くっちゃべってねえでさっさと食えよ。麺が伸びる。」
鍾師範は大人しく椀を押し戴いて麺をすする。と、懐かしの味によほど感動したのかほいほいと号泣し始めた。
「うるさい奴だな。さっさと食え。」
鍾師範は泣きながら拉麺をすする。隊長は目を細めて笑った。
「こうやって喜んでくれてても明日にはきれいさっぱり忘れてるんだろうぜ。おかしな奴だ。」



師傅しふ・・・特殊技能を持つ人を呼ぶ時の敬称。韓師傅は”コックの韓”
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