二十五、鏡(8)

 時計は四羽目の鳥がお辞儀をしたところだ。隊長は突如スッとあとずさり、貴族のような優美な動作で顔を拭う。ついでに手についた鍾師範の鼻血も拭き取り、立ち合いのことなど眼中にないかのように鏡を取り出して身だしなみの確認を始める。
「おしまいにすんの?」
「いや。だってまだ時間じゃねえじゃん。」
「じゃ真面目にやれよ!」
声を荒げて打ちかかる鍾師範の顔に鏡で反射させた太陽の光をあてて目くらましを喰わせ、その隙に鍾師範の背後に抜けて後ろから首をガッチリととらえる。
「徒手格闘術の師範を素手で殺しちまったらマズいなあ。」
調子こいてゲラゲラ笑っている隙に肘で脇腹を打たれ、ひるんでいる隙に足技で倒され鍾師範に逃げられる。
「なんでさあ、へんな小芝居とか目くらましとかで倒そうとすんの?」
「汚い手を使うの好きなんだ。ひゃっひゃっひゃっ。」
笑いながらへらへらと立ち上がったと思ったら突如木刀を執って鍾師範の腰を斬った。油断させといてこんなことするんだから、ほんと汚い。
 総合的にみて、隊長のほうが若干上手なんじゃないかと思う。なにも殊更に汚い手を使わなくたって充分鍾師範とやれるだろう。どうしてわざわざ汚い手を使うのかと考えれば、そういう趣味だとしか思えない。ほんとうに悪趣味だ。しかし、それだけかな。
 都で師範はってる人を、まさかマジな立ち合いで倒すわけにはいかない。しかし、韓英は鍾師範を倒すには倒したが汚い手段を使って勝ったのだとなれば、鍾師範の面子に傷はつかない。もしかして、そういう目的でやっているのかな。う~ん、日頃の腹黒さ加減からして、そのくらいの小技を使うことは充分考えられる。
 隊長が着任したばかりの頃に、周子儀との初めての立ち合いでいきなり目くらましや金的攻撃をして隊員たちの非難を浴びた隊長だが、あれももしかすると、部隊で一番の軍刀術の名手をいきなり真面目な立ち合いで倒すわけにはいかないという配慮からやったことなのかもしれない。
「ひゃっひゃっひゃっ。」
まだ笑ってる。やっぱ考えすぎかな。単に汚い手を使うのが好きなだけな、汚い野郎か。
 へらへらと盾を拾いあげ、盾と木刀をバッチリ構えて突然真顔になって鍾師範に訊ねる。
「刀とか、使わねえの?」
「おう、邪魔だ。」
隊長は眉をひそめて木刀の長さを有利に使いながら鍾師範に猛攻を加える。鍾師範は防戦一方だ。
「これ、邪魔かなあ。」
「だって、禁兵の徒手格闘は屋内を想定してやってる。おまえ今までにとっくに刀がどっかに突き刺さって身動きとれなくなってるとこだ。その隙にバキバキにしてやりゃあおしまいじゃねえか。」
「なんでえ使えねえな。こっちは野戦を想定してやってるんだ。」
「じゃあ俺を呼んだのが間違いじゃん? ギャハハハハ。」
「そう言わずにちょっと付き合って。」
隊長は木刀を握ったままの手で一発鍾師範の顎をぶん殴ると、くらくらしている鍾師範の手に有無を言わさず木刀と盾を押しつけて、地面に落ちているもう一対の刀と盾を拾い上げ構えた。



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