二十七、徙民考(しみんこう)(4)

「韓隊長もきっと同じ感じですよね。」
「異度くんはもっと若いでしょ。彼の場合はあれじゃないかなあ、長坂坡ちょうはんは。彼たしか襄陽じょうようの人でしょ?」
「育ちが襄陽で、本籍は河内かだいだそうです。」
「じゃああれか、異度くんの親御さんが北方の戦乱を避けて襄陽に逃れて来たら、皇叔こうしゅくというあだ名の疫病神やくびょうがみが不幸を連れて南下してきたんだね。アハハハハ。」
「先帝のことを疫病神なんて言っちゃっていいんですか?」
「そうとしか言いようないもん。魔鬼あくまに魅入られた襄陽の住民は不幸だったよねえ。長坂の戦いなんか、戦いと呼べるのかな? 誰と誰が戦ったんだろうねえ。アハハハハ。」
魔鬼あくまは先帝じゃなくって曹操なんじゃないんですか? 曹操が良民りょうみん殺戮さつりくしたんですよね?」
「長坂では殺戮はしてないんじゃない? でも先帝を追撃してきた兵隊が良民から略奪しまくっただろうから、身ぐるみ剥がれて路頭に迷った良民はあらかた死に絶えたかもね。曹操に降伏しなかったことへの見せしめの意味もあるんだろうから、部下が略奪してたって制止するわけないしさ。」
「やっぱ魔鬼あくまじゃないですか。」
「アハハハ、なに言ってるの? 曹操のやることなんか、人間の常識で充分想像がつくことばっかでしょ。本物の魔鬼あくまは先帝だよ。」
「先帝が魔鬼あくまなわけないじゃないですか。」
「あんなの、先帝が悪いに決まってるじゃない。良民がひどい目にあうかもしんないけどべつにいいやって思いながら連れてったに決まってるよ。どう転んでも先帝が損をする話じゃないからね。良民を連れたまま曹操から上手く逃げ切れればどっかで屯田でもすればいいし、追いつかれちゃったら良民を盾にして逃げられるもん。良民が持ち運んでいるなけなしの財産に目がくらんで略奪を働いている兵隊たちから逃げるのは単独で逃げるより簡単だからね。曹操の評判を落とす効果もあるし、一石二鳥だよ。あの場にいた被害者たちはきっと誰が本当の魔鬼あくまなのか気付かずに曹操を怨んだだろうね。どんなだったか異度くんに聞いてみれば?」
「え~、聞けませんよ、そんなこと。」
「ま、軍閥ぐんばつが人的資源を引き連れて移動するのなんか常識だから、べつに先帝がとりたてて悪事を働いたとは言えないけどさ。曹操が漢中にいた時もゴッソリ引き連れて行っちゃったもんね。キミの村は無事でよかったねえ。」
「はい。街から離れているので曹操の目が届かなかったみたいです。強制移住の係官は来たんですが、賄賂わいろをたんまりやったら喜んで帰って行ったそうですよ。」
「だろうね。住民の移動なんていうしち面倒くさい仕事をやるよりは、お土産もらって帰るほうが断然おトクだもん。下手すれば死刑だけどね。アハハハハ。」
「曹操も半ば発狂しながら鶏肋鶏肋けいろくけいろくなんて口走って慌ただしく撤退したわけですから、細かいことにまで目を光らせるゆとりもなかったんでしょう。」
「…………。」
おや、李隊長が珍しく真面目な表情で何か考えている。



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