二十九、弱卒(9)

「しっかし、弱いからいじめないで下さいとか、よく言いますよねえ。指揮官は常に威厳に満ちてなくちゃだめなんじゃないんですかあ? 俺の人格的な欠陥はみんなの努力で補うんだぜ、とか、そんなのおかしいですよ。常に自信と確信に満ちていて兵隊がなんの不安もなく従うようにしとかないとだめじゃないですか。」
「まあ理想はそうかもしんないけど俺は俺のできるようにしかできねえからさあ。これで失格だっていうんならスカっと罷免してくれりゃあいいんだ。ところがどっこい、我が軍は慢性的な人不足、俺様は辞退はならぬと恫喝どうかつされてここにいるわけだ。」
否定的な語彙とは裏腹に、愉快そうにニコッと笑った。
「みんなが大好きな『孫子そんし』や『 呉子ごし』には、将たるもの云々かんぬんといろいろ書いてあるけどさ、孫子や呉子の時代と今とは同じじゃねえ。戦いの規模も大きくなってるしね。どんなに弱い奴でも剣を執らなきゃならねえ時代だよ。誰も生きたことのない時代を生きるのに、昔の人の書いたことを鵜呑みにして目の前のことを否定したってどうにもならねえぜ。」
「時代とかなんとか、ずいぶん大仰おおぎょうな言葉を持ち出して来たじゃないですか。」
「誰も成し遂げたことのないようなことをやろうと思ったら、誰もやったことのねえようなやり方しねえとだめだ。」
「あのお、そう言ってかっこよさげなこと言いますけどお、要は自己批判する気がないってことなんですよね?」
「誰も見たことのないような軟弱将校に率いられる兵隊は誰も味わったことのないような苦労をしなけりゃならねえってことだ。もっとも、俺は自分のことをさほど目立って軟弱だとは思ってないけどな。」
「そりゃ身体能力においてはそうでしょうけど。」
「世の中の九割以上は軟弱な奴なんじゃねえの? 弱い奴らが支え合って世の中動いてるんだよ。そもそも、弱くなけりゃあわざわざ群れねえ。虎や熊みたいに独りで生きてくだろうぜ。壮麗な都も整然とした軍隊も、全て人間様の弱さの産物だ。」
「ふうん。」
俺の薄っすい反応に、隊長は咳き込みながら笑った。



《広告》
ページ公開日: 最終更新日: