三十、春雨(4)

 暗くなった。松明を灯す。向こうにも南鄭なんていの城頭の灯りが見える。すぐそこだ。もうどのくらいの間こうしているだろう。ちっとも近付かねえぞ。小休止のあと、動き出すのが一苦労だ。そして、歩き始めてすぐに、次の小休止はいつだろうと考える。
 一向に変わらない景色の中で、二度目の小休止に入る。おかしいな。もしや俺とっくに死亡してるんじゃなかろうか。目的地の訓練用の城壁は目と鼻の先なのにな。この地点に俺の死体が転がっていて、その上で俺の幽霊がせっせと足踏みしてるんじゃあるまいか。まさかな……。みんな死んでねえのかな? 不安になって、周りを見回す。う~ん、どうだろう。死体だと言われれば、そのようにも見える。一人だけ元気そうな隊長を仰ぎ見る。コイツは僵屍キョンシーだから、死んでも元気なんだ。目が合うと、隊長はニコッと笑った。
「飴ちゃんやるよ。」
飴のこと、飴ちゃんって呼ぶのかよ。
「はい、一人一個。まわして。」
「何味ですか?」
「へっへっへ。甘~い甘い蜂蜜味で~す。」
へえ、そうかよ。こんな大量の飴、いつ作ったんだか。そして五日間も持ち歩いてるなんて、馬鹿じゃねえか。あきれ果てながら何気なく飴を口に入れる。…………。じ~ん。なんだ、この感覚。おかしいな。おかしい。なんだ、この飴? ひょっとして麻薬でも入ってるんじゃあるまいか? 俺は重たい足を引きずって、隊長のそばまで歩いて行き、こそっと訊ねた。
「隊長、この飴、あきらかに普通じゃないですよね。なに入れたんですか?」
「蜂蜜だけだぜ。」
「え、蜂蜜だけでこんな固体になるんですか? っていうか、そうじゃなくて、絶対なんか食材以外のもん入ってますよね。」
「え~、なんだろね。俺様の愛情? ギャハハハハ。」
「正直に打ち明けて下さいよ。麻薬を入れましたね?」
「入れてないよ。」
「とぼけないで下さいよ。そういう軍事技術があるっていう噂は知ってるんです。」
「そんなもん技術とは呼ばねえ。」
「じゃ用兵術。」
「ふうん。」
「ふうん、って、ちょっと! とぼけすぎ!」
「これには入れてない。」
「これには、って、いままでにどっかで麻薬を入れたことがあるんですか?」
「ないよ。そんなに元気出た?」
「なんか、おかしいんですよ。じ~んって。」
「季寧、蜂蜜を素のまま舐めたことねえの?」
「ないです。」
「蜂蜜ってこういうもんだよ。蜂の子がすくすく育ってブンブン飛ぶ立派な成虫になるための栄養がぎゅーって入ってるわけ。」
「へえ、蜂ってこんな破壊力あるもん食って育ってるんすね。どうりで凶悪なわけだ。」
「蜜を舐めない肉食の蜂ってのもいるけどな。こんどオオスズメバチの蜂蜜漬け作ってやるよ。成虫を生きたまま蜂蜜に漬け込むんだ。成虫の出す毒がまた栄養あるらしいぜ。」
「それ怖すぎ! ぜったいやめて下さい。」



《広告》
ページ公開日: 最終更新日: