三十一、寝言(1)

 傍の迷惑かえりみず、真夜中に凱歌を歌いながら兵営に帰る。ま、このかいわいには民間人はいないからいいけどさ。馬鹿集団の刀盾隊とうじゅんたいが帰って来た、って思われるだけだ。
 隊長の部屋に入る。几案つくえの上には五日も留守にしていたとは思えないほど僅かな書類しか載っていなかった。
「おっと。世間から忘れさられたなあ。こりゃあ恐らく俺様は要らねえってことだぜ。」
「違いますよ。みなさん、隊長がくだらない書類を持って来られると怒ることや、重要な書類を黙って置いていかれると怒ることを知っているから遠慮してるんですよ。」
「みんなが遠慮をして、憎まれっ子が世にはばかるってわけ? ギャハハハハ。」
「こうなるように仕向けようと思って、着任初日に重要な書類までガンガン焼いたんですよね。」
「うん。後からやると角が立つから、お互いのことなんにも知らないうちに好き勝手してやった。」
ふうん。この野郎、物事が自分の望むかたちに向かっていくように常に計画的に動いていやがるんだな。
「なんて気持ちの悪い人だ。」
「疲れのせいで感覚が鋭敏になりすぎてるんだろ。この部屋も特に異常はないようだから、今日はもう休んで下さい。」
「気持ち悪すぎて眠れる気がしないっす。」
「寝れるよ。季寧、寝るの得意だろ。」
「誰がどんな寝方をしてるかまでいちいち観察してやがるんですね。」
「おれ入営初日に先輩に教えてもらったんだ。軍隊ではメシとクソと睡眠さえうまくいってりゃ大概のことはうまくいくぜってな。だからその三つは特別に大事に考えてるわけ。」
「だからって部下の寝顔まで……オエ。ショすぎ。」
「ほら、もうさっさと寝ろ。」
手でシッシッとされた。でも俺はこのまま寝れる気がしない。
「長安急襲に否定的だったのに、どうして長安を想定した行軍訓練をしたんですか?」
「俺は長安急襲を否定してるわけじゃねえ。今だ! って思う時が来れば、さっと長安を獲っちまうのもいいと思ってるよ。」
「そういう時が来るんですか?」
「ありえねえ話じゃねえ。やれって言われた時にすぐできるよう準備をしておくのは我々の責務です。」
「毎日どこまで見通して動いてんですか?」
「三百年後。」
「はあ?」
てっきり冗談かと思って隊長の顔を見たら、まんざら冗談でもないというようにニコッと笑った。



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