三十三、密命(10)

「なんなんですか、さっきのあれ。」
「楽しい追いかけっこだよ。」
「そうじゃなくて、果物屋のおばちゃんが投げた山査子を無造作に受け取って食ってましたよね。なんですか、あの悪人っぽい態度。飛んで来たものは避けちゃうんじゃなかったんですか?」
「危ないと思ったものは避けるよ。」
蜜柑みかんが飛んで来たって危なくもなんともないじゃないですか。」
「危ねえよ。下手すりゃ首が飛ぶ。」
「えっ、蜜柑で首が飛ぶ? それ、なんか怪談の題名みたいですね。」
「生娘は幽霊より危険だ。」
「なんなんですか、それ。特異体質ですか? ああそっか、僵屍キョンシーは生命力旺盛な異性と交わったら死体に戻っちゃうとか、なんかそんな縛りがあるんですね?」
「善良な市民の衆人環視のなかで武官様が生娘に悪戯いたずらを働いたとあっちゃあ大事おおごとだ。一方、ここでなんでもない買い物客の一人がどっかの店員とねんごろになったところで誰も気に留めねえ。そういう違いだよ。」
「で、あの人とはもうねんごろな仲なんですか?」
「朝っぱらからなんて質問だ。」
苦笑いしているうちに豆腐屋へ到着。豆腐屋のおっちゃんが
「おはよう。甘いの二杯、で、いいのかな?」
と聞いて来た。
「えっとね、季寧どうする?」
「甘くないのでお願いします。」
「じゃ、甘いのと甘くないの、一杯ずつで。」
「はいよ。」
おっちゃんが二つの椀に湯気を立てる豆乳をなみなみと注いで手渡してくれる。
「はい、こっち甘いの。甘くないのはこちらさんね。」
「季寧、払っといてくれる?」
「なんでさっきから自分にばっか払わせるんですか?」
「だっておれ金持ってねえ。」
「ああそっか。これお返しします。」
「いいよ。いらねえ。」
「はあ? ちょっと、いらねえって、おかしいでしょ!」
「お友達?」
豆腐屋のおっちゃんが聞いてきた。
「さあ? 友達だと思って連れて来たんだけど、どうやら違うらしいよ。ほら、さっさと金払え。」
「はい。」
現金で何かを買うという行為に慣れていないので、おたおたしながら硬貨を紐からはずして支払いをする。
「いっつもこんな束で持ち歩いてんですか?」
「うん。小銭がコロコロしてんの好きじゃねえんだ。」
「ふうん。つくづく変わり者ですねえ。じゃこれ、後で隊長の部屋に返しときますから。」
「いらねえ。」
「いらねえって、非常識でしょう。」
「これはあなたの軍資金として差し上げたものです。」
「なんすか軍資金って。」



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