三十三、密命(16)

「なんなんですか、その陳腐な人心掌握術。例えばいつも明るくて元気な感じの女に君は本当は傷つきやすくて繊細な心を持っているって言ったり、世話焼きで頑張り屋の女に君は本当は弱くて甘えん坊だとか言ったりすると、女がしなだれかかってくるっていう、昔からよくある手じゃないですか。」
「思った通りを言ってるだけだよ。祭りだ祭りだワッショイワッショイっつって騒いでる奴は案外中身カラッポの奴ばっかなんじゃねえかな。そんな馬鹿には付き合っていられない、っつってしれーっと離れていっちまう奴こそ骨のある奴だ。」
「ふうん。」
「だからよ、俺もみんながみんな同じ方を向いてくれとは言わねえよ。」
「だからって、十人中三人ぽっちが、十日のうち三日しか働かなくて、本当に三十年で天下統一できるんですかね。」
「物理的なもんにしても、時間にしても、漫然とやってる時に機能してるのはせいぜい全体の十分の一。しかも、その十分の一同士が互いに打ち消し合ってることが多々ある。だから世の中ちっともよくならねえんだよ。それでもたまには協力してなんかできる時があるから面白え。」
靄の向こうに兵営の柵がぼんやりと見えてきた。隊長はにっこりと笑った。
「で、陳屯長にはなんて報告すんの?」
「は?」
「隊長は公金を横領して懐は潤ってるようですから心配しなくていいですよ、って言っとく?」
「それ事実無根じゃないですか。」
「じゃあなんて言っとく?」
「え、ありのままに。っていうか自分が陳屯長の命令でついてきたって知ってたんですか?」
「当たり前だろ。張の野郎にはなんて言うんだ。隊長は市場で果物を売ってる厚化粧の年増と双方カラダ目当ての交際をしているようですよ、とでも言っときゃ納得するかな?」
「え、そうなんですか?」
「そんなわけあるかよ。あの人は厚化粧でもなければ年増でもねえ。」
「否定すんのそこですか。」
「他にも何か答案が必要かな?」
「いえ、そこまで報告できればお二方とも納得すると思います。」
「あっそ。」
しばらく無言で歩いていたかと思ったら、突然ゲラゲラと笑い始めた。
「畜生、やっぱりそういうことだったか。奴ら、ナメやがって!」
「えっ、てことはやっぱ知らなかったんですか?」
「この俺様に鈴を付けようとは無礼千万、とっちめてくれる!」
「えっ、ちょっと!」
呼びとめる間もなく営門めがけて脱兎のごとく走りだす。
「なに考えてんですか! 馬鹿ですか! 二人で営門を出たのに帰る時がバラバラなんてありえない!」
靄の中に豆つぶのようになっていく背中を必死に追う。みるみる引き離されていく。なんなんだよ……。ぜったい人間じゃないだろう。



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