三十三、密命(5)

 ああ面倒くさ。陳屯長の情報によれば、隊長はいつも五更ごこうの太鼓が鳴る少し前に西門から出て行くという。ということは、俺は四更の太鼓の音で起きておかなきゃ間に合わないってことだ。音も鳴らない時にムクッと起きるのは不可能だからな。四更かよ。クソッ。真夜中じゃないか。まだ消灯時間じゃないが、さっさと寝ちまおう。
 ……熟睡中。そして、四更の太鼓の音で自動的にムクッと起き上がる。俺は起きると決めた時刻の太鼓の音だけを聞き分け自由自在に起床することができるのだ。これも一種の特殊能力といえよう。寝具をたたんで外へ出る。おお寒。真夜中は冷えるぜ。きれいなおぼろ月が浮かんでいる。涙が出そうだ。
 兵営の中を所在なくうろつき回る。行く先々で歩哨ほしょう立哨りっしょう誰何すいかされるが、みんな顔見知りだから大して怪しみもせず、二言目には
「夢遊病?」
とか
「夜間頻尿かよ。」
などとれかかる。
「隊長の尻尾を掴んでやろうと思ってよ。」
と答えると、
「へえ、大変だな。」
と同情される。ほんと大変だよ。前の趙隊長の時なんか、誰もこんな苦労はしなかったことだろう。
 時間をつぶすこと六刻余り。西門近辺に待機する。と、地味な身なりをした隊長がウキウキと歩いてくるのが見えてきた。こんな真っ暗な時間帯から元気いっぱいかよ。非常識だ。
 隊長はウキウキした足取りのまま俺の前を素通りして、二、三歩行ったところで立ち止まって振りかえり、大仰おおぎょうに驚いたしぐさをした。
「ややっ! 伏兵出現!」
「伏せてません。さっきからずっとあからさまに立ってました。」
「どうしたの? 夢遊病?」
「いえ。隊長の朝のお出かけに一緒に連れて行ってもらいたいと思って待ち構えてました。」
「あ、そうだ、朝のあいさつ。おはようございます。」
「おはようございます。」
「っていうか君はどうしてさっき俺が近付いてくるのを明らかに目視していながらそちらから声をかけてくれなかったんだい?」
「ああ失礼しました。きっと夜の闇のせいですよ。」
「ギャハハハ。なんか詩的。で、どうしたの? 急に外出に同行したいなんて。」
「無性にシャバの空気が吸いたくなりましてね。」
「ふうん。溜まっちゃった?」
「え、何が?」
「そう聞き返されると答えづらいけど。ま、いいや。じゃ、一緒に行きたいってんならどうぞ。今回だけだぞ。」
「はい。ありがとうございます。」
「じゃ、王什長に季寧連れて行きますって言いに行こっと。」
言いながらルンルンと営舎に向かって歩き出す。毎度のことながら、決めてから体が動き出すまでの時間が異常に短い。



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