三十三、密命(6)

 王什長への連絡を終え、俺に私服に着替えさせて再び西門のほうへ歩いて行く。
「馬で行かないんですか?」
「うん。私物じゃないから私用外出では使わない。」
「歩兵の指揮官の馬なんて、ほとんど品位を保つためのもんじゃないですか。どこへ乗って行ったっていいんじゃないですか?」
「品位を保つようなお出かけならこんな暗いうちにコッソリ出てったりしねえ。」
「ああなるほど。まさか玉追ぎょくついの孫を引きながら朝市で豆乳を立ち飲みするわけにもいきませんもんね。」
「そ。そういうこと。」
愉快そうに笑う。
「ところで、現役で活躍中の軍馬を種付けに出したりなんて普通するもんなんですか?」
「あんまやんねえらしいな。落ち着きがなくなるし、雌に蹴られて怪我でもしたら本業にさしさわるからな。そもそも去勢してるやつがほとんどだし。」
「去勢する気ないんですか?」
「あいつはその必要ねえんじゃねえかな。すげえおっとり屋だからよ。神経ずぶといし。頭おかしんじゃねえかと疑ったけど、そういうわけでもねえ。賢いんだよ。やっぱ名馬なんだろうな。ああいういい子の血を受け継いだ名馬を産んでもらうのもいいだろうと思って、種付けさせたんだ。」
「で、隊長のほうの種付けはどうなってるんですか?」
「そういうお前は筆おろし済んだのかよ。」
「え。まだですけど何か文句あるんですか。」
「お兄さんに手紙書いといてやるよ。」
「やめて下さい。第一、そんなことどうやって文面にする気ですか?」
「え、ふつうに。ありのままに。弟さんは神経ずぶといし頭おかしいんじゃないかと疑ったけどそうでもありません。賢いです。ああいういい子にはぜひ早々に種付けをさせて下さい。って。」
「なんだそれ。ふざけんな。」
「失敬、失敬。」
へらへらと笑いながら門衛と言葉を交わして西門を出る。
 五十歩ほど無言で歩いたところで、隊長は紐に通した五銖銭ごしゅせんのずっしりとした束を無造作に俺の懐に押し込みながら
「じゃ、ここで解散しよう。の刻に朝陽門ちょうようもん外に集合だ。じゃあな。」
と言うが早いか猛然と走りだしたので、俺は慌てて腰にすがりついて止めた。
「ちょっと! 待って下さい! 解散ってどういうことですか。兵隊の単独行動は厳禁ですよね?」



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