三十三、密命(8)

「ありがとうございました。」
爽やかにお礼を言って立ち去ろうとしていると、おばちゃんがふと一方を見てニッと笑った。と見る間に、あたかも石弾で獲物を仕留めようとしているいにしえの狩人のような鮮やかな動作で、矢継ぎ早に山査子さんざしの実を三つ、さきほど見やった方向に投げつけた。何事かと思ってそちらを見やると、隣の隣の店で隊長がにらを吟味しているのを発見した。こっちのほうに目もくれずに飛んでくる山査子を次々と受け取って無造作にシャリシャリ食い始める。なんだこいつ? 俺は呆れながら
「飛んで来たものは避けちゃうんじゃなかったんですか?」
と叫んだ。隊長が目をあげてこちらを向くと、おばちゃんが隊長に目配せをした。隊長はニヤっと笑いながら手で「殺すぞ」という動作をする。おばちゃんが目に媚を含みながら怒ったふりをして
「三十銭!」
と料金を請求すると、隊長は
「季寧、払っといて。」
と言って雑穀売り場の方へ歩いて行った。ちっぽけな山査子の実がたった三個で三十銭とは法外な値段だが、たぶん実費の他に隊長が失礼な態度をとったことに対する罰金も上乗せされているのだろう。慌ててお金を払って隊長を追う。また見失った。またぽんぽん痛くなりそうだ。うろうろしながら心細くなって
「隊長~、どこですか~。」
とかぼそい声で言ってみたら、目の前にある店の裏手の乾物の店でこっちを向いてしゃがんで何やらタワシのようなものを吟味していた男が顔を上げて
「ここだよ。」
と言った。
「……あのお、もしかしてさっきから、自分を振り切ったあとで、自分のことをこっそり観察して楽しんでません?」
「うん。おまえのこと尾行してた。」
「はああ?」
怒り心頭で隊長のいる乾物売り場を目指して走る。こっちの売り場の列の裏手にいるから、立ち並んでいる店店をぐるりと迂回しなければ裏手の店には行けない。乾物売り場に着いた時には隊長はいなかった。のみならず、俺をあざ笑うかのように、さっき俺が立っていた雑穀の店の前からこっちに手を振っている。
「あのお、何やってんすか。馬鹿ですか?」
「馬鹿はてめえだ。どうして自由に遊んでねえで俺様のことを探し回ってやがる。」
「だって心細いんですもん。自分、市場とかあんま一人で行ったことないですよ。買い物とか、慣れてないです。」
「じゃあ今日慣れな。」
ニコッと笑ってふっと一方に向かって歩いて行く。



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