三十四、最強戦士(1)

 季節は春を通り越して、もう初夏だ。風は爽やかだが日差しがじりじりと暑い。屋外活動には辛い時期だ。汗をかき始めるかどうか微妙な気候だから、身体に熱がこもってくたびれてしまう。めいっぱい走ればすぐ汗をかいて発散されるのだが、朝一の生民せいみん体操は動作がゆっくりしているからじわじわとこたえる。
 今日も耳まで真っ赤になりながらめいっぱい熱気がこもって頭痛しそうになりながら生民体操をする。この感覚はかなり個人差があるだろうが、俺は終盤の最終章になってようやく汗が出始めるんだ。もうちょっとで最終章だ。朝っぱらからゼエヒイいいながら汗の出るのを待ちわびる。あっちで隊長の地獄のしごきを受けている連中が羨ましい。叩きのめされるのは確かに地獄だが、じわじわとくる暑さにあえぎながら体操をするのも辛いものだ。

 それにしても、立ち合いの連中、今日はずいぶんと盛り上がってるな。ワアワアと喊声かんせいがあがっている。どうなっているんだろう。ちょいと聞き耳をたててみる。
「今だ、れ!」
おや?
「とどめを刺せ!」
へえ~。誰か隊長に有効な攻撃を決めたのかな。見ると、隊長が木刀にすがってかがんでおり、そばに隊長と立ち合い中らしい陳幼珪ちんようけいがぶっ倒れている。ふうん。隊長を痛めつけることには成功したが、自分が倒されてるってわけか。「今だ、殺れ!」「とどめを刺せ!」はいいけれど、そのためにはまず幼珪ようけいが復活しないとだめじゃん。
 幼珪はやる気満々らしく、よろよろと立ち上がって隊長に向かい木刀を振り下ろす。なんなくかわされる。と、その拍子に隊長は杖代わりにしていた木刀を取り落とし、がっくりと両手両膝を地についた。ほお、これは面白くなってきた。俺は体操をおざなりにこなしながら立ち合いを観戦し始めた。幼珪が更なる攻撃をこころみようと隊長に近付く。このまんま首を狩れるんじゃねえかと思いながら見ていると、隊長は隙だらけの幼珪のこうずねに思い切り打撃を加えて幼珪を悶絶させた。幼珪のやつ、なにグズグズやってんだよ。さっさととどめを刺さないと隊長が復活しちゃうじゃないか。と思いながら見ていると、意外にも隊長は腕で上体を支える力もないかのように地面にうずくまった。……おかしいな。
 俺は後ろで体操をしている王什長に話しかけた。
「什長、隊長おかしくないですか?」
什長はおおらかに笑って
「隊長がおかしいのはいつものことじゃん。」
と言いながら隊長のほうを見た。と、すぐに
「陳屯長、隊長がおかしいです!」
と叫んだ。陳屯長はやれやれまたかといった面持おももちで
「どうおかしいんだ。」
と言いながら隊長のほうを見ると、次の瞬間、未だかつて見たことのないほどの速さで隊長のほうに向かって走り出した。無責任な人だな。陳屯長はいま隊長の代わりに生民体操を取り仕切る係なんじゃないか。みんなに「体操続けとけ」とかなんとか指示を出しもせず、突然どっか行っちゃだめじゃん。日頃は冷静なくせに、意外に慌てん坊だな。



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