三十四、最強戦士(2)

 俺は陳屯長から何も指示が出なかったのをいいことに、自分も屯長にくっついて走って行き、軽々と屯長を追い越した。当たり前だ。陳屯長は三十七歳の管理職、一方、俺は二十三歳の現役バリバリの兵士だ。陳屯長より駆けっこが早いのは当然だ。
 いち早く現場に到達した俺は、不用意に隊長に歩み寄った。と、俺のことを立ち合いの相手と勘違いしたらしく、隊長はうずくまったまま俺の足の甲をこぶしでしたたかに打った。
「痛って~!」
七転八倒している俺をよそに、ようやく到着した陳屯長は無言で鳥の時計を蹴倒すと、大声で
「時間切れ! 終了です!」
と言いながら隊長を抱き起こした。ああ、やっぱ陳屯長は冷静だ。こうやって声かけながら近付かなきゃいけなかったんだな。痛って~。おれ足の甲の骨三本ぐらい折れたんじゃなかろうか。
 隊長は顔面蒼白で陳屯長に抱きかかえられたままうつろに半眼を開いてじっと動かない。何かマズいことになっているのは明らかだ。二、三歩離れた場所でヒイヒイいっている幼珪に
「おまえ何やったんだよ!」
と訊ねると、幼珪はかろうじて
壇中だんちゅう。」
と答えた。壇中か……。壇中を打たれると横隔膜が上がってしばらく息ができなくなるらしいが、その場合はもっと慌てた様子になるものだ。今の隊長のようにじっと固まっているなどということがあるだろうか。もしや死んでるんじゃあるまいな。おそるおそる近寄って息をしているかどうか聞き耳をたててみる。隊長は呼吸をしていた。その音を聞いて俺は鳥肌が立った。蚊の羽音のような微かな音だったからだ。きっと壇中をやられて呼吸困難になった拍子に喘息が出たに違いない。やれやれまたかよ。と言っている場合だろうか。死ぬんじゃなかろうか。
 陳屯長は医務室に先触れを走らせたり野次馬を下がらせて黄屯長の指示に従うようにさせたり矢継ぎ早に指示を出すと、自分でさっと隊長を負ぶって営舎に向かった。そんな力仕事を三十七歳のおっさんが自らやらなくたって、まわりに若い連中がいくらでもいるのにな。やっぱり慌てん坊だ。
 これまで立ち合いで医者の世話になるほどの怪我をした奴はいなかったが、とうとう事故が起こった。それもよりによって部隊最強の戦士に。当たり前だ。隊長はみんなに怪我をさせないようにものすごく気を付けながらやっている。一方、俺達は力加減も何もない。
 幼珪は隊長との初めての立ち合いの時にも壇中を打っていた。その時はほとんど効果がなかったのだが、半年の間専一せんいつに練習を重ねてきたのだろう。壇中打ちは韓異度の必殺技として全軍に有名だ。自分の得意技で他人から倒されるという屈辱を隊長に味わわせるために、幼珪はここを狙ったのだろう。
 隊長はみんなに闘い方を教えたいだけだ。闘うだけなら、とりたてて何かの技にこだわる必要はない。にもかかわらず、みんながわざわざ金的攻撃を狙ったり壇中打ちを試みたりするのは、隊長をおもちゃにして遊んでいるわけだ。隊長は不死身だという噂があるから何をやっても大丈夫だとたかをくくってやりたい放題やっている。殺したってかまわないと思っているんだろう。僵屍キョンシーだから何回死んだって丞相じょうしょうが妖術で元通りにしてくれると思っているんだ。僵屍キョンシーだって思い切り破壊すれば修復不能になることだってあるだろうに。みんなの大事なおもちゃを壊しちゃだめじゃないか。
 おろおろと陳屯長の二、三歩後からついて行く。近付くのが怖い。



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