三十五、渡河(11)

 斜めになった陽がじりじりと照りつける。地面から立ちのぼる熱気で目がしわしわする。川で遊び過ぎてクタクタだ。歩きながら眠ってしまいそうだ。
 隊長は一人ウキウキとした足取りで歩いている。水遊びに参加していないぶん体力に余裕があるのだろう。南鄭なんてい城が近付いてきた。腹がふくれれば元気が出ると思う。早くちまき食べたい。
 人の多い街中を目的を持った足取りですいすい歩く隊長。外州人がいしゅうじんのくせに俺よりはるかに南鄭の街に詳しい。小さい通りをひょいひょいと曲がって、住宅地の中の得体の知れない荒物屋のような店先で蒸気を上げている蒸籠せいろを指さしながら
「四個買ってきて。」
と言って例のずっしりとした五銖銭ごしゅせんの束を俺に手渡す。
「はい。かしこまりました。」
殊勝にパシリを請け負って店先に肉迫する俺。当たり前だ。勤務兵が将校殿の個人的なお使いをなにくれとなく果たすのは当然であるし、そうでなくても、公用でバリッとしたなりで出かけて来ている武官様が小汚い路地で粽を買い食いする姿なんか民間人に見せちゃだめだろう。もっとも、俺達の周りにはすでに人だかりができている。この路地に入ってすぐのところで、住宅の門前の石に腰掛けて西瓜すいかかじっていたおばあちゃんが俺達を見るなり
哎呀アイヤア!」
と驚きの声を上げたのを皮切りに、閑人がボチボチと集まってきて十数人にのぼっている。
 ふんどし一丁でうりを齧りながらポカンと俺達を眺めているガキに隊長が
「ここの旨いよね。」
と話しかけたら、ガキは不気味そうに人垣の向こうに消えていった。道端で碁を打っていたおっちゃんがためつすがめつ隊長を眺めていると思ったら、おもむろに
異度いどじゃねえ?」
と声をかけてきた。隊長は手をあげて答える。
「おいす。」
「てめえこりゃなんの冗談だ? おかしななりをしやがって。」
「これ本業。」
「ウソこけ。てめえどっかのお屋敷のお抱え厨師ちゅうしだろ。」
「違うよ。軍人。」
「税金泥棒か。恐れ入ったね。」
「いっつも日中せっせと働いてんだって。俺らお日様の下で会うの初めてじゃねえ?」
「おう。明るいとこで見ると思ってたより醜男ぶおとこだ。」
あらがハッキリ見えるんだろうな。日光ってのはありがたいもんだ。」
やりとりに耳をそばだてながら荒物屋の店先で粽の蒸しあがるのを待つ俺。店を観察してみる。どう見ても食べ物を売るための店ではない。ざるや桶などの日用雑貨を置いている。売り物の蒸籠せいろの一つを使って趣味で作った粽をたまたま蒸して売ってみたら意外に好評だったから粽も売ることにした、って感じかな。ここへ来るまでに屋台街を通ったし、粽の店もいくつもあったのに、わざわざここまで来るということは、ここのはよっぽど旨いんだろう。見た目はふつうだ。値段もふつうだった。さて、お味のほうは……。



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