三十五、渡河(12)

 アチチチってなりながら蒸しあがった粽を隊長のところに持って行く。
「おつり要りますか?」
「あなたの良心にお任せします。」
「冗談やめて下さいよ。」
隊長にお金の束を渡す。
「お前が先に言ったんだろ。」
俺の渡したおつりをすんなりと受け取って懐にしまう。
「はい、どうぞ。」
俺から受け取った四個の粽を、アチチチってなりながら屯長達と俺とさっき話しかけてきたおっちゃんに配ってくれる。
「異度食わねえの?」
「いらねえ。税金泥棒とは聞き捨てならねえ。」
「頑固な野郎だな。じゃあ俺がもう一個買ってやるよ。」
「いらねえ。収賄だと思われる。」
「じゃあこれを返して俺が自分の分を買ってくる。」
「なんだこの細けえやりとり。女みてえ。」
「てめえのせいだ。」
笑いながら粽を買いに行き、戻ってくるおっちゃん。隊長はゲラゲラと笑った。
「馬鹿な野郎だ。食いたくもねえ粽を身銭を切って買いやがった。」
「ちょうど小腹が減ってたんだ。」
奇妙な五人連れで無言で粽にかぶりつく。ああっ、旨いわ。あ~、なんだこれ。この世のものじゃないだろう。旨すぎる。夢中でかぶりつく俺達を見て、隊長は満足げに言った。
「昼間っから仕事ブッチしてコソコソ食う粽は旨いねえ。」
「それ人の上に立つ人が言うことですか?」
「やっぱ税金泥棒じゃねえか。」
「みんなが言いづらいだろうと思って俺が言ってやった。ひゃっひゃっひゃっ。」
以後無言のまま一気食いし、食べ終わってからも陶然と立ち尽くす。うっとりしている俺達を、隊長と隊長の知り合いのおっちゃんがニマニマしながら眺めている。
「で何? こちらの立派な紳士のみなさんは異度さんの部下ってわけか?」
「そ。」
「ほお。そいつはお気の毒。」
「まったくです。」
真顔で頷く張屯長。
「だから慰謝料がわりの粽だよ。」
「安っすい慰謝料だなあ。」
張屯長はこう言ったが、たぶん慰謝料が欲しいほどには隊長のことを毛嫌いしていないと思う。
 隊長は分かっていない。さっき、どうしてわざわざ橋の近くを渡河点に選んだのかと屯長たちを批難していたが、それはひとえに隊長のためなんだ。川を渡るのが怖いってほざいてる軟弱隊長のために、わざわざ橋のそばを選んでやったんじゃないか。みんなが渡河したあとに一人で反対側の岸に取り残されないための橋だ。みんな隊長のことをそれなりに大事にもし、気を遣ってもいるんだ。自分がみんなにしてやっていることは分かっていても、みんなが隊長のためにしていることには鈍感だ。



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