三十五、渡河(13)

 翌日、さっそく渡河訓練となる。まだ朝なのに、じりじりと暑い。さっさと始めましょう。
 隊長は今日は馬に乗って来ている。川辺に着くと、馬から下りもせずに無言で水面を眺めている。黄屯長と張屯長が
「始めてよろしいですか。」
と聞くと、
「待った。」
と言った。なんだよ。まだ難癖つける気かよ。あと一言でもなんか言ったら、黄屯長マジで怒っちまうんじゃなかろうか。しばしの沈黙の後、隊長はおもむろに水面を指さした。
「あそこ、」
あ~、なに言うんだろうな。怖え。ドキドキする。
「昨日あんな波頭なみがしら立ってたか?」
黄屯長は眉をひそめながら隊長の指さすほうを向いて黙っている。
「返事しろよ。」
「覚えてません。」
「なかったと思うぜ。」
張屯長が殊更ことさらにお気楽な口調で
波頭なみがしらがあったらダメなんですかぁ?」
と聞いた。
「怪しいな~と思ってさ。下にボコッと穴あいてそこに水がくるくる渦巻いてたら危険じゃねえ?」
「怪しいと思うなら隊長が調べてくればいいじゃないですか。人のやることに口先ばかりでけちをつけて何様なんですか。」
「あっ、わたし調べて来ますよ~。季寧、いっしょに行こっ!」
「えっ、なんで俺?」
「陳さん、張季寧を借りて行きますよ~。」
リスのような動作で俺に腕をからめて川岸までひっぱっていく張屯長。ま、いいけどさ。
 前日と同じ要領で棒をツンツンやりながらじゃぶじゃぶと川に入る。
「隊長~、波頭ってどこですか~?」
「えっとね、あと二歩下流に下がって、四歩前進。」
「ここらへんですか~?」
「あと一歩進む。」
「ここらへんですか~?」
と言ってる間にズボっと腰まではまったから一瞬びっくりした。さっきまで膝上だったからな。でもまあ、大丈夫だ。
「確かに深くなってま~す。腰まで~。」
「流れはどうよ。」
「え~、普通~。」
つい友達に答えるような言葉で答えてしまった。隊長は
語彙ごいねえのか。」
とツッコミを入れると、俺達を岸に引き揚げさせた。



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