三十五、渡河(17)

 黄屯長が号令して再び水にじゃぶじゃぶと入る。
「黄さんよお、なんでわざわざあの波頭立ってるとこ目指してんの?」
「うっかりしてました。」
ホントかよ。嫌がらせなんじゃねえの?
「さっき二人溺れちゃったけどまた無策に同じように渡るわけ?」
隊長もゴチャゴチャうるせえな。
「二人一組で、」
「激流を渡る時は三角法だろ。」
「ぜんぜん激流じゃないじゃないですか。」
「さっき二人溺れただろ。」
「お前らどうやって溺れたんだ? 魔術じゃないか?」
「川には魔物が住んでるんだぜ。」
ゴチャゴチャ言い合いながら無策に川の中ほどまで至る。と、ふっつりと隊長がしゃべらなくなったので、何事かと思い後ろを振り向く。俺は例によって尖兵で最前列にいるが、隊長は最後尾だ。隊長の馬が見える。頭も見えた。刀盾隊はチビばっかだから、大勢の後ろにいたって隊長の頭は見える。溺れたわけじゃないらしい。たぶん、いよいよ水に足を踏み入れる番が来たのだろう。おしゃべりのくせに突然黙りやがって。緊張しすぎだろ。
 ちらちらと後ろを振り返りながら渡る。と、また波頭のところでガボっとはまってしまった。畜生、隊長のせいだ。
「ここ急に深くなってるんで~、気を付けて下さ~い。」
それにしても、溺れるほどかよ。本当に不思議だ。やっぱ川ってなめてかかっちゃいけないのかな。黄屯長が
「足を滑らせる者がいたり、何か異常を発見した場合は大声を上げろよ。」
と言い、みんなやや緊張した面持ちで進む。こんな浅っさい川で。馬鹿じゃねえか。
 何事もなく対岸に着く。着いた者から整列して、後続を見守る。また誰か魔物にさらわれてやしねえかな、と不気味な思いでみんな沈黙しながら待機する。
 みんな何事もなく渡って来る。最後尾の隊長も来た。ふつうに平地で馬を引いているように何事もなく歩いて来る。なんでえ余裕なんじゃねえかよ。でも顔が超怖い。全員渡り終わって点呼をとるが、今回は何事もなく全員そろっている。そうだよな。それが当然だよ。こんななんでもない川なんだから。さっきのはやっぱり、ぜったい隊長が意地悪して手品で二人を隠したんだろう。
 張屯長が近付いて行って、
「なあんだ、余裕なんじゃないですかあ。心配させといてえ。」
と言ったら、隊長はニコリともしないで毒づいた。
「へっ。こんな暑っつい時分に気持ちいい水に入ってなんの訓練になるんでえ。やるなら冬にやれ。真冬の凍てつく川を薄氷砕きながら渡りやがれってんだ。」
「あっ、言いましたね? じゃ次は冬にやりますか、渡河。言っときますけど隊長にもまた一緒に渡ってもらいますよ?」
「いいぜ。俺は寒いのなんか怖くねえ。水が怖えのは夏でも冬でも同じでえ。」
戦技において最強のくせして水が怖いなんて言っているから、みんなゲラゲラと笑った。隊長は蒼い顔をしてむっつりしている。やっぱ切羽詰まってたのかな。変な奴。面倒くせえから放っとこう。




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