三十五、渡河(3)

「ふうん。武装したまんま渡るってかい。そりゃ大変だぜ。」
「だからわざわざ練習するんじゃないですか。」
黄屯長、真面目すぎ。そんなまともな訓練じゃなくって、和気藹々と水に入ってのんびり渡ればいいじゃん。ま、服が濡れても体が冷えて困るような季節じゃないからいいけどさ。
「それを安全に渡りきるためにどんな工夫する?」
「盾をかざして密集してひたすら迅速に渡るのみです。」
「うん、敵に対してはそれでいい。単純に、服を着たまま流れる水に入るのは危険だと思うんだけど、安全対策はありますか。」
「いえ、濂水河れんすいがは深いところでもせいぜい腰くらいですし、流れもゆるやかですから。」
「って、柳元村りゅうげんそんの人が言ってた?」
「いえ。」
「その場所は、土地の人もよく渡る場所なの?」
「いえ。近くに橋があるんで、わざわざ歩いて渡るわけはないです。」
「四日前に半日ぐらいしとしと雨が降ってただろ。それで増水してるってことはねえの?」
「ないと思いますけど。」
「調べてこい。土地の人に、あそこを歩いて渡るってのはどんなもんですかね、って質問して、自分らでも長い棒をツンツン突っ込みながらじゃぶじゃぶ渡ってこいよ。そんで、ちょっとでも危ないと思ったらなんか安全対策考えといて。」
「はい。じゃもう一回行ってきます。」
「あ、いま行く? じゃ俺もくっついて行っちゃおっと。」
「エエ~、隊長、水嫌いなんじゃないんですかあ?」
「張屯長と私と、さらに隊長まで一緒になって出かけたら、ここがガラ空きになりますよ。」
「たった三人ぽっち抜けたくらいでガラ空きになるわけないじゃん。屯長七人いるし、将軍もいるし。俺ら気ままにポイっとでかけちゃっても大丈夫だよ。」
違うよ隊長。張屯長と黄屯長は、ウゼえからついて来んなって言ってるんだぜ。隊長は鈍感力全開で二人に腕をからめてルンルンと歩いて行く。ああ~、いいなあ、川かよ。このまま留守番してカンカン照りのなか午後の訓練を普通に受けるよりも、水辺に行くほうが楽しいに決まってる。俺はちょこちょこと小走りをしながら小賢しく
「あのお、隊長、お供しましょうか。」
と聞いてみる。
「お構いなく。いま休憩中だろ。特に人手が必要なこともないだろうし。」
「張屯長と黄屯長が川にじゃぶじゃぶ入っている間に、隊長が一人川辺で水音を聞きながら心細く待っていて気分が悪くなって喘息になったりしないですか?」
「え。さあ。いやまさか。そこまでは。ギャハハハハ。」
「なんか歯切れ悪いじゃないですか。そういうこともないとは言い切れないってことですか?」
「いやいやまさか。そこまでは。ギャハハハハ。」
「心配ですよ。」
「そっか。そこまで心配かけちゃってるんだな。じゃあすみませんけど一緒に来て下さい。よろしくお願いします。」
「いや、こちらこそ。」
妙に丁寧にお願いされてドギマギしながらわけのわからない返事をかえしてしまった。張屯長は歌うように
「だからそんなにご無理なさらなくっても我々ちゃあんとやりますよ~。」
と言ったが、隊長は聞き流した。



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