三十五、渡河(4)

 暑っついなあ。日に日に暑くなっている。しかも、いま一日の中で一番暑い時間帯じゃないか。こんな時間帯に日射しを遮るもののない街道を歩くのは間違いだ。
 柳元村は近い。兵営から二、三刻も歩けば着く。でも二、三刻ずっと日に照らされ続けるのは暑いっす。そして、村に着いてからは村人に川を歩いて渡ることについて質問をする。すぐそばに橋があるんだから誰も歩いてなんか渡りませんよ、と笑われ、暇そうなお年寄りやおばさんがわらわらと集まってきてああでもないこうでもないと親身になっていろいろな見識を披瀝ひれきしてくれる。歩く必要もないところをわざわざ歩くとは軍人さんも大変だねえ、と、馬鹿にしてるんだか同情してるんだか分からないようなことを言われながら、小半時こはんときも炎天下で立ち話をしてヘトヘトだ。俺はべつに同行してるだけだからヘトヘトになる必要はないのだが、はたで立ってるだけでもヘトヘトだ。こりゃあやっぱ兵営で留守番してるほうが正解だったかな。
 隊長はふだんは大勢の人間を見ると嬉しくなってはしゃいじゃう人なのだが、今日はなぜだか沈鬱な表情で黙りこくっている。村人とのやりとりは張屯長と黄屯長に任せっきりだ。ま、お二人が担当者なんだから、それでいいんだけどさ。それにしてもむっつりとしすぎだ。いや、むっつりというより、なんかしょんぼりしているな。川の近くに来たから気が重いのだろうか。いや、兵営を出た時からなんか落ち込んだ顔してたな。出かける前はルンルンしてたのに。どこで切り変わったんだっけ。…………。
「あのお、自分、なんかいけないこと言いましたっけ。」
「いや、全然。なんで?」
「隊長、さっき出かけようとした時にはルンルンだったのに、自分が一緒に行くってことになってから急に塞ぎ込んでません?」
「ああそっか。」
へらへらと笑いながらパンパンと自分の頬を叩く。
「何が気に入らなかったんだか言って下さいよ。」
「いや。気に入らないことなんかなにもないぜ。」
「じゃあなんでそんなしょんぼりした顔してるんですか?」
「すぐ顔に出るからなあ。」
自分で自分の顔をぐりぐりと揉みほぐす。
「何かあるんだったらはっきり言って下さいよ。」
「別に季寧に対してなんかあるってわけじゃないから気にしないで下さい。」
「明らかに表情おかしいのに気にするなってのは無理じゃないですかね。」
「喜怒哀楽が即座にはっきりと表情に現れるっていうのは、長所なのか短所なのか、どっちだろうな。」
「人としては長所かもしれませんけど、指揮官としては短所なんじゃないですか。」
「ふうん。なるほどね。」
へらへらと笑ってはいるがどうも悲しげに見える。なんなんだろう。何か悪いことを言っただろうか。ほんと面倒くせえ野郎だな。



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