三十五、渡河(8)

 川の水、けっこう冷たいな。なんか寒くなってきた。でも頭はカンカン照りで暑い。遊び飽きたし、泳ぎ疲れたな。腹も減ってきた。喉も乾いたっす。隊長、ちょっと休憩しようと言って自由に水に入らせたきり、一向に休憩終了と言いださないな。好きなだけ遊ばせてやろうって思ってるんだろうか。俺もう疲れたんだけど。隊長のほうを見やると、隊長はゆったりと座って一人で胡瓜きゅうりを食っている。
「あっ、ズリい! 張屯長、隊長一人で胡瓜きゅうり食ってますよ!」
二人してバシャバシャと早足で岸へ向かう。黄屯長もついて来た。岸に着くと、張屯長と俺は物欲しげに隊長に絡む。
「いいなあ~、胡瓜。」
「腹減りましたよ。」
「夏のお出かけに必携じゃん? みんなの分もあるよ。」
笑顔で胡瓜を手渡してくれる。いつ調達したのだろうか。
 疲れて喉が渇いた時の胡瓜は最高だ。ああなんて甘いんだろう。いい香りだ。思い切り水遊びをしたあと裸のまんま胡瓜をボリボリ食うなんて、ガキの頃に戻ったようだ。横に並んで呑気に胡瓜を食っているオッサン達の顔を見る。兄貴、元気にしてるかな。甥っ子どもも水遊びくらいしてるだろうか。黄屯長は胡瓜の端の苦いところギリギリまでかじって、一瞬止まってから、端の苦い部分まで口の中に入れ、ボリボリと噛みながら可笑しそうに
「それにしても、さっきのあの動揺のしかたはただごとじゃなかったですね。」
と言った。
「なんか動揺しちゃった。失礼しました。」
「しかし本当に実戦でそういう状況に遭遇したら、どうするんですか?」
「普通に渡るよ。当たり前。」
「鎧を脱いでですか?」
「そ。黄さんを盾にして渡る。」
「……まあいいですけど。ここであんなに動揺してるのに、練習なしでいきなり本番で、本当に渡れるんですか?」
「渡るよ。みんなが渡ったら渡る。おれ最後尾じゃん?」
「渡り終わって振りかえったら隊長がいなかった、ってことになったらびっくりですな。」
「ギャハハハ、まさか。」
どうなんだ? 怪しいものだ。怪しいといえば、隊長のさっきの奇行について質問してみよっと。
「隊長、さっきは地べたにはいつくばって何やってたんですか?」
「石を見てた。」
「奇石収集家?」



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