三十五、渡河(9)

「いや。ちょっと気になってさ。ここらへんの石のこういうツブツブなんだけど、魚が卵を産んだ跡じゃねえ?」
「え~、そうなんですかあ?」
「俺そう思ってちょっと心配してたんだ。」
「確かに心配ですね。これ卵だとしたら、たぶん干からびて死んじゃってますよ。」
「うん。それも心配なんだけどさ。こんな石がここにあるってことは、ここの流れはちょくちょく変わってるってことじゃねえのかな。」
またなんか心配性なことを言い出したので、黄屯長と張屯長はあからさまに嫌な顔をした。黄屯長は半ば喧嘩けんかごしで聞き返した。
「流れがちょくちょく変わるからって、なんだっていうんですか?」
「ここ、危険なんじゃねえの?」
「どう危険だってんですか。」
「土地の人が渡らないような場所は安心できえねよ。橋ができる前の様子を知ってる人もいねえしよ。そもそもここが危険な場所だからわざわざ橋をかけたって可能性も考えられねえか? わざわざ橋のそばを選ばなくっても、もっとみんなが普段から歩いて渡るようなとこでやりゃあいいんじゃねえかな。」
「自分は水に入らないくせになに言ってるんですか? 我々に任せるって言いましたよね。実戦でもそんなに優柔不断な態度とるんですか? 完全に安全が確認できる場所しか渡らないっていうんじゃ、勝機を逃しますよ。」
「実戦でも可能な限り安全なようにやるのは当たり前だろ。そうするゆとりがねえ時は運を天に任せてエイヤっと渡っちまうこともあるだろうけどよ、訓練で安全対策不備のために死亡事故なんてダメだろ。」
黄屯長は不服ふふくげに押し黙り、鼻からふうっと息を出した。しばらくして、ぼそりとこう質問した。
「隊長、街亭がいていにいたんですよね。」
「うん。いたよ。」
馬参軍ばさんぐんがどうして丞相じょうしょうの指示に従わずに山の上に陣取ったか、分かりますか?」
隊長はニコッと笑った。
「分かるよ。当たり前じゃん。」
俺は思わず声をあげた。
「えっ、そうなんですか? それ、我が軍の七不思議のひとつなんじゃないんですか?」
「不思議でもなんでもねえ。あんなもん、ちょいとやる気のある野郎なら誰だって山に陣取っただろうよ。」
黄屯長は黙って片方の眉を上げた。誰もツッコミを入れないので、再び俺が発言してやった。
「それ、どういうことなんですか?」



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