三十六、譫言(うわごと)(5)

「魏ってそんなに爛熟してるんですか?」
「ギャハハハ。爛熟っつうか、腐って糸引いてるかもね。ありゃあ漢朝四百年の怨念をそっくりそのまま引き継いじまってるよ。」
「えっ、漢を継いでるのは我が国じゃないんですか?」
「うちみてえなゴリゴリの法治主義の軍事国家は秦帝国以来見たことがねえ。三国の中で一番マシなのは呉なんじゃねえか。」
「え~、じゃあどうして呉の臣にならないんですかあ?」
「早晩腐ってくのが目に見えているからな。呉っていうのは、土着の豪族と北方で食い詰めて流れてきた名士との寄せ集め政権じゃん? 今は三国鼎立して外患があるから皆さん自制心を持って協力して頑張ってるけどよ、その体制のまんま天下統一なんかされちまったら世の中黄巾こうきんらん前夜に戻っちまうだけだ。夢も希望もねえ。」
「我が国は呉とどっか違うんですか?」
「法治主義だからさ、顔と顔との繋がりでなんとでもなっちまうっていうのとは違うじゃん? 権門と繋がりのない真面目な市民が報われる。」
「え~、でもそれで上手くいかなかったのが秦帝国なんじゃないんですかあ?」
「始皇帝が天才すぎたからいけなかったんだろう。周の武王みたいに、親分が凡庸でまわりのお利口さんがうまいことつくろうってのがいい形だな。」
「なんか、暴論ですね。武王のことを凡庸だなんて。」
「なんせ愛読書が六鞱りくとうだからな。ひゃっひゃっひゃっ。」
ふうん。六鞱りくとうなんて読んだことがないから分からないけどさ。高笑いした拍子にまたコンコンいってやがる。一身の健康管理もできない野郎が天下国家を論ずるとは笑わせるぜ。
「一兵卒の指先のちっちゃい怪我くらい、放っときゃいいじゃないですか。部曲督の仕事じゃないですよ。」
「屯長にも什長にもよく言ってるつもりだけどさ。事の重大さがイマイチ理解されてないようだから悩んでる。」
「国民一人一人が愛情豊かに暮らしていないことは国家の根幹をゆるがしかねない大問題ってことですか?」
「おっと、俺はべつにそんな根本的な問題まで考えちゃいねえぜ。もっと卑近な話でさ、指先に平気でちっちゃい怪我をこしらえるような兵隊が一名でもいたら、部隊の全滅にもつながりかねねえからよ。」
「はあ? どうやって全滅するっていうんですかあ? 大袈裟おおげさすぎますよ。」



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