三十八、得勝回(勝ちを得てかえる)(2)

 俺達がのんびりと……もとい、食後のもろもろの用事を済ませている間に、河の向こう側ではもう朝のお支度したくがバリっと完了したらしく、元気一杯軍歌を歌って気勢をあげている。一里ほど離れているのではっきりとは聞こえないが、俺達も当たり前に知っている我が大漢軍の軍歌であるから、どの歌のどこらへんを歌っているのかは分かる。俺の後ろで用便中の叔遜が奴らに合わせてちっちゃい声で歌っている。ちなみに、さっきうっかり「」と言いかけたが、いちおう定められた場所に長~い溝が掘ってあり、それをまたいでするんだ。茜色に輝く山の稜線を眺めながらのそれは、すばらしい爽快感だ。
「あ~、ウキウキしちゃうな~。」
俺らしからぬことを叔遜とくっちゃべりながらみんなのところへ戻ると、隊長と黄屯長が河の向こう側を眺めて肩を組みながら敵の歌唱に合わせて楽しげに軍歌を歌っていた。厳密に言えば、黄屯長は隊長の負傷している側の肩を避けて腰に手をまわしているが。
「敵方に合わせて歌ってたらだめじゃないですか。」
「いやあ、歌うでしょう、これは。」
みんな次々とつられて歌い始める。隣の戟盾隊げきじゅんたいのほうから
刀盾隊とうじゅんたいよお、なんで敵に合わせて歌ってんだよオ!」
とお叱りの声が聞こえたが、ほどなくよその部隊でもちらほらと歌う声が聞こえ始め、結局、敵方も当方も合わせて二万名の大合唱になった。歌い終えてエイエイオーみたいな掛け声まで合わせちゃって、互いに敵方に向かって旗を振ったり太鼓を打ち鳴らしたりして会釈する。和気藹々だ。なんだか、不思議だな……。東の方を振り向いて眩しそうに目を細めている隊長に声をかけてみる。
「二万もの人間を動かすなんて。隊長、そんなに偉かったんですか?」
「俺は偉くない。偉いのは将軍だ。」
「でも将軍をその気にさせましたよね。」
「そいつは季信が俺の鎖骨を叩き折ったからじゃん? だから、その言でいけば偉いのは王季信だな。奴の黄金の一太刀が二万人を動かすってわけ。ギャハハハ、それ面白えな。季信に言いにいってやろっと。」
言下にウキウキと兵隊の群れの中に入って行く。たった一閃が二万人を動かす、か。確かに愉快だ。



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