三十八、得勝回(勝ちを得てかえる)(6)

 味方の部隊の合間を縫って激戦区と思しき方向に向かって行く。どこがどう交戦してるんだかさっぱり分からないが、音から察するに、たぶんそっちが激戦区だ。右手から鉄騎隊が進んで来て、うちの部隊の前に立った。李隊長がこっちを向いて手を振っている。李隊長はチビだが、騎乗している姿は歩兵の頭ごしによく見える。後ろを見ると、韓隊長も満面の笑みで李隊長に向かって手を振り返している。前に向き直ったら、李隊長はまだこっちを向いて手を振り続けていた。なんなんだコイツら。付き合い始めて間もないアツアツの恋人かよ。と、呆れていたら、鉄騎が前方めがけて突撃をかけて行き、うちの部隊もそれに続いて前進を開始した。
 鉄騎が作ってくれた道を通って敵陣深くまで入り込む。横から俺達と同じ刀盾とうじゅん部隊が向かってきたが、斜め後ろを進んでいるほこ隊がその刀盾隊の相手になってくれた。斜め前にいる敵の弩の部隊は、うちの戟盾隊と交戦中で混乱を来している。通りすがりにほこの劉隊長が拳骨を振りながらにこやかに
「行ってこい!」
と激励の声をかけてきた。鉄騎とうちの部隊との間隔が開いてしまったところに、敵の戟の部隊が入りこんできた。と、いつのまに接近していたのか知らないが、真横からうちの戟騎げっき隊が入ってきて、敵の戟を分断しながら通りすぎ、最後尾を走っていた孫隊長が腕をぐるぐる回して
伯約はくやくに一泡吹かせてやれ!」
と言いながら馳せ去った。伯約というのは姜奉義のあざなだ。
 不思議だ。みんなが異度のガキのおねだりを叶えるために働いている。なんだよコイツ。人気者かよ。仲間外れにされてたんじゃなかったのかよ。隊長は自分で「生まれてこのかた人からいじめられたことなんかない」と言っていたが、そういう鈍感なところがよかったんだろうな。この二年間で、隊長がお馬鹿で呑気なガキンチョであるということが理解されたんだろう。
 隊長の、無心というか、無私なところがいいんだろう。出世欲とかモテたいとか、そんなのは何もないんだ。本当は物凄く腹黒いのかもしれないが、表面に現れていることしか判断材料ないんだからな。中身が最悪でも見た目がいい人っぽければそれでいいんだ。
 中身だって、どうせ大したことないんだろう。目先のことに関してはいろいろと小芝居も打つようだが、基本的にはただの単純バカだ。いっつも瞳をキラキラ輝かせちゃって、人を見る度に嬉しそうに笑うその様子は、人間によく懐いている知能の低い動物そのものだ。
 戟騎隊の立てた砂埃が薄まったところで、隊長の高笑いが聞こえた。
「ひゃっひゃっひゃっ。見えたぜ、敵の大将旗! 左前方三十歩! ブッ殺せ!」
……いや、殺しちゃダメでしょ。演習です。



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