三十八、得勝回(勝ちを得てかえる)(8)

 敵兵の表情がはっきりと見える。憎たらしそうに怒りながら思い切り戟を振っている。完全に殺す気でやっているだろう。演習用の木製の戟だが、まずい刺さり方をすれば人が死ぬには充分だ。俺達が振っている木刀も同様で、刃がないからといって人が死なないとは限らない。奴ら同様、殺す気満々でやっている。味方同士なのに。馬鹿だろ。
 相手は精鋭だ。体格でも技量でもはるかに我々を凌駕している。にもかかわらず、敵兵の動作の端々に焦りが見える。こんなはずじゃない、とでも言いたげだ。俺達の方がいっぱい倒されているのに、こっちが圧しているんだ。前に定軍山の戦いごっこをやった時に、韓英を敵に回した時の恐ろしさを俺は身に沁みて味わった。あいつは妖術使いなんだ。ヤツの率いる兵隊は催眠術にかかって非常識な動きをする。ふつうのやり方ではあいつの率いる狂った神兵には勝てないんだ。
 わずか十歩まで迫った。姜奉義の顔がはっきりと見える。ふうん、噂には聞いていたが、ほんとにカッコイイな。でも異常に眼力めぢからある。怖え。敵が間近まで迫っているというのに、こっちには見向きもせずに、全体の様子を見ながら令旗を振っている。ふうん、師団長ってこんなふうに指揮を執るんだな。将軍っていうものが偉いもんなんだな、っていうことがよく分かるよ。俺と六歳しか違わないってのに、よくやるぜ。神経おかしいんじゃねえか。俺があと六年経っても、いや、六十年かけたって、絶対に姜奉義のようにはならないだろう。生き物としての種類が違う。
 俺より六歳上で、隊長より六歳下だ。隊長とも生き物としての種類が違う。人類を猫型人間と犬型人間に分けるとしたら、姜奉義は猫だ。俺も猫型人間だが、俺が飼い主に気ままにくっついたり離れたりしながら自由に遊んでいる家ネコなのに対し、姜奉義は牙と爪を頼りに生きる孤高の虎だ。二年前に姜奉義が我が軍に投降した際、魏に取り残されてしまったお母さんが姜奉義に手紙を書いて家に帰ってほしいと訴えたら、姜奉義は「百頃ひゃっけいの良田を賜れば、一畝いっぽの地しかない我が家は気にかけないものですし、ひたすら将来の希望を追う者は、故郷に帰る気持はもたないものです」と返事したという。故郷ふるさとも家族も捨てて見知らぬ土地で闘う虎。
 一方、うちの隊長は犬類の中では、狼などではなく、よくしつけられた人懐こい猟犬だ。小さくて非力で臆病なくせに、飼い主が熊と闘えと命令すれば命果てるまで闘っちゃう愚かな犬コロだ。こんな犬を何百匹か育てて部隊長や将軍に仕立てたなら、我が国は確かに三十年以内に天下統一できるだろう。しかしまあ、この韓英という犬は奇跡的に出来が良いが。
 好奇心旺盛で凝り性、まじめで努力家、人懐こくてすなお。こんな男はどんな世界で何をやらせたって絶対に期待を裏切らない働きをするに決まってる。兵隊狩りで十束一絡げでとっ捕まえて来たゴロツキの中に、よくもまあこんな素材が混じっていたものだ。ガキの頃に捕まえて張車騎が育てたのも良かったんだろう。張車騎が軍隊式に精神の自由を奪った後に、丞相が呪いの呪文を吹き込んだんだ。三百年後の泰平の夢なんて、丞相にうまいこと言われてたぶらかされているだけだろう。あいつは中身なんかカラッポの、寂しいだけの戦争孤児だ。



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