四十、地の果て(1)

 遠征が始まったのは、宴会をしてから五日後のことだった。準備万端整っているお荷物を持ってえっちらおっちらと西へ向かう。北じゃなくて、西だ。前回の遠征で獲得した武都ぶと陰平いんぺい鎮撫ちんぶだろうか。
 漢中かんちゅうに攻め込もうとしていた魏軍はやはり長雨のため退却を始めたそうだ。引き返して行く敵を追撃するのかと思っていたが、そうではなく、全然敵影も何もない西へ行く。ま、いいけどさ。

 山を縫う街道を毎日毎日延々と進む。延々と。残暑も落ち着いて、気持ちのいい気候だ。西からのからっ風で天気もよく、真っ青な空から痛いような日射しが降り注ぐ。日焼けしそうだ。現状、大量に持ち運んでいる防寒具の出番は全くなく、邪魔なばっかりだ。
 延々と……。ヒマだ。せっかく秋の行楽日和に山のそばを歩いているんだから、ちょいと寄り道して栗拾いとかキノコ狩りとかすればいいのにな。ぜったい秋の味覚が山盛り採れるだろう。毎日毎日クソ真面目に歩くばっかなんて、つまんねえ。
 一カ月もせっせと歩いてきた。既に魏領深く入り込んでいるが、敵との接触はない。今回の遠征は魏鎮北ぎちんほくが率いる五千のみだから、我々が来ていることを敵が察知しているとしても、なかなか発見できずにいるのだろう。ちょくちょく羌族きょうぞくの集落を見かけるが、何事もなく通り過ぎる。彼らは物資の売買交渉にも大人しく応じる。魏だろうと漢だろうと、彼らには関係ないんだろう。武装した漢族の集団が来たらとりあえず言うこと聞いとこう、って程度の考えなんだと思う。ちなみに、今回の遠征では現地調達の物資は徴発ではなく対価を支払う。現地住民に嫌われたら今後の作戦展開が不利になるからだ。
 寒いんだけど。もう真冬の寒さだ。なのに依然として軍装は秋仕様のままだ。大荷物になってさんざん苦労させられているごっつい防寒具は一体なんのために持ち歩いているのだろうか。このクソ寒いのに使わないなんて、頭おかしんじゃなかろうか。隊長は馬のくらにくっついているしもをせっせとこすり落としている……。
「あのお、そんなとこまで凍るほどの寒さなのに、どうして可愛い部下たちにこんな薄着で過ごさせとくんですか?」
春捂秋凍チュンウーチウドンって言葉、知らねえの? 秋に薄着で頑張っとくと冬の寒さにやられないっていうじゃん?」
「秋じゃないっす。真冬です。」
「まだ十一月だろ。寒さの底はこれからやって来るんだよ。」
「充分寒いっす。」
「押し合いっこして暖まる?」
「ヤダ!」
と叫んでいる間に有無を言わさず押し合いっこの体勢に持ち込まれる。
「あっ、なになに? 角力レスリング?」
「押し合いっこだ。入れ入れ。」
「これ格闘技じゃないんですか?」
「激しすぎ!」
「なにそれー、なんの遊び?」
「俺も入る。」
「ギャハハハ、圧死寸前!」
「みんな馬鹿すぎ!」
「はい終了!」
「え~、まだ身体暖まってないすよ。」
「汗をかいたら後から冷えて厄介だろ。」
すでに、漢中かんちゅうの十二月よりも寒いんだけど。今こそ防寒具を使う時じゃないんだろうか。今後の寒さに備えて薄着で我慢するなんて、どんだけ寒い冬を過ごさせる気だよ……。



《広告》

ページ公開日: 最終更新日: