四十二、麦刈り(2)

 敵が陣地を空にして総出撃して行った。俺達も陣地を空っぽにして追撃の態勢に入る。これで合戦に負けて陣地に帰ってこれなかったら悲惨だな。普通に考えて、追撃する側が有利だが、敵の別働隊がいたら恐怖だ。奴ら、どうして俺達を放っておいてあさってな方向めざして出撃して行ったのかな。おとりなんじゃなかろうか。奴らの有利な地点まで俺達を誘い出してこてんぱんにするつもりだったらどうしよう。って、俺が考えるようなことじゃないけどさ。
 陳屯長ちんとんちょうが呑気に隊長に話しかけている。
「拉麺を茹でている最中に将軍が呼びに来たら茹で終わるまで待ってくれって言う、っておっしゃってませんでしたっけ?」
「茹で始めたらつぶしがきかねえからな。生地の段階ならなんとでもなるよ。むしろ寝かせたほうが旨い。」
「乾麺にすれば長持ちしそうですね。」
「うまく乾かすのは難しいぜ。もうちょい寒けりゃ冷凍保存って手もあったな。」
「やはり遠征は冬に限りますね。」
陳屯長にも馬鹿病への感染の兆候が見られるようだ。

 敵から一定の距離を置いて狼のようについて行く。敵は一体どこを目指しているのだろうか。魏鎮北ぎちんほくは何を待っているのだろうか?
 山の向こうで狼煙のろしが上がっている。うちの師団の騎兵隊が敵の殿軍しんがりに突撃を開始した。敵の断後しんがりが迎撃態勢に入ったところで、山の上にこつとしておびただしい数の旌旗せいきが現れ続々と攻め下って来た。あれは味方の軍だ。へえ、どっから来たんだろうな。そして、よくこんなところで出会えたものだ。
 敵が慌ただしく隊形を動かしている。俺達も慌ただしく隊形を移動する。こうなっちゃうと砂埃に巻かれて何がどうなってんだか分かんないんだよ。ま、将軍や隊長が分かっててくれるんなら間違いないだろうけどさ。あ、前進ですか。はいはい。
 お、ドカドカいってる。敵が来るのかな?
「大声出そうぜ。ハイ、殺せー!」
「殺せー!」
笑顔で言う言葉かよ。怖えよ。馬の脚をぐ。叫喚きょうかん地獄じごくだ。
郭淮かくわいを殺せ!」
「殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ!」
言いながら移動する。前方で敵兵のかぶとが飛び始めた。
「殺せ! 殺せ!」
頭が真っ白だ。超ドキドキする。早く出番来ねえかな。こんな時には冷静でいようと思わないほうがいいんだ。砂埃すなぼこりで咳き込む。いい匂いだ。痺れる。きっと馬が大地を揺らしているせいだろう。

 夜だ。気持ち良くうたたねしている人の口から流れ出るよだれのように自然に両目から涙を垂れ流しながら刀を研ぐ。春でよかった。真冬だったら金属に手を触れると皮膚が貼り付いてにっちもさっちもいかなくなるだろう。合戦は我が軍の圧勝だった。


※第四十話からここまでが「はじめての三国志」でご紹介した陽谿ようけい会戦です。
今回はあっさり書きましたが、第四十三話の司馬懿との合戦は盛り上げますのでお楽しみに!



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